天皇,という称号

 「富本」の文字には,「貨幣は国や国民を富ませるもとである」という,古代中国の統治理念に通じる意味があります。また,その重さ・大きさなどの規格は唐の通貨である開元通宝に準じています。中国にならって中央集権国家の建設を進めた天武天皇の施策の一環として,初の貨幣「富本銭」が鋳造されたのでした。

野口王墓にはぐるりと一周できる小道が備えられている
"天皇制"の創始者の墳丘をこんな間近に歩くことができるとは。同じ八角墳の山科陵でもこれほどオープンな仕様は考えられない

 飛鳥池工房遺跡から出土した木簡には,「天皇聚■弘寅■」(■は不明)と書かれたものがあり,ともに出土した木簡に天武6(677)年とあることから,「天皇」は天武天皇が初めて使った称号であるとみられます。中国の思想では,天の中心にある不動の北極星が宇宙を治める神と考えられ,「天皇大帝(太〔 大〕極)」として神格化されていました。天皇の称号はこれに由来するものと考えられます。
 野口王墓の八角形の形状は,道教において八方位で世界を象徴した思想の影響によるもので,都の大極殿に置かれた天皇の御座もまた八角形でした。天武天皇の治世にはこうして,貨幣の発行,史書の編纂,都城の造営と,律令国家の建設が着々と進み,そして倭にかわる「日本」という国号も生まれました。

墳丘は雑木林となっているが,間伐は行われているように見える
一周して正面へ出る

 そうした称号の成り立ちとは別の話になりますが,戦後のマスコミはことあるごとに,天皇の称号を蔑称として用いてきました。つい先日も,「ボートレース界の天皇が八百長疑惑を封殺」というタイトルをyahooニュースでみかけました。過去のさまざまな記事から推察すると,その意味合いは「傍若無人な振る舞いをするが誰もがたしなめることができず,放置されている状態の絶対的権力者(もしくは裸の王様)」といったものかと思われます。これは不敬であるとか失礼である,というのもまあそうですが,それ以前に用語の意味も吟味せず,安易な常套句として濫用している点に憤りを感じます。
 どの時代の天皇になぞらえているのか意味不明であるばかりか,おそらく戦後の天皇が政治権力を失ったことすら頭にないだろうというほど安易な用法です。第四の権力であるマスコミが,たとえば第二の権力である"霞ヶ関"を暗喩として用いるなら意味は通じますが,権力の蚊帳の外で日々祭祀と国家儀礼にいそしんでいる天皇を引っ張り出して,傲慢な権力者になぞらえるとなれば,その表現こそが権力の濫用です。
 多分いちばん近い真意としては,「戦争犯罪を免れた昭和天皇」に対する暗喩ではないかと思われますが,昭和時代が終わって平成時代に入っても長らく,文春・新潮をはじめとする一般誌において何のためらいもなく使われてきました。このあたりでライター諸氏には…いや編集部や校閲部を含めマスコミ全体の問題ですね,自省を促したいところです。

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