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支離滅裂?そうかもしれないね。

実際、人間の寿命は持って20年くらいでは無いだろうか。

大人とは、相手に気持ちを伝える気力を、環境に抗う気力を失った者たちのことを言うんじゃないだろうか。

外界に揉みくちゃにされて、気持ちの表し方を忘れた人のことを言うのではないだろうか。

気づけば友人に、自分はこうしたかったんだ、とか、どういう思いでこうしたのか、とか、確かめる事をしなくなっていた。

人間関係において、何かを諦めることが当たり前になっていた。

本来動物とは、欲に従順な生き物であると思う。

犬とか猫とか、像とかライオンとか…
虫とか蛙とか、鳥とか魚とか…
皆やりたい事を、やりたい時に、やりたい様にやる。
怒ったら唸ったり、悲しかったら鳴いたり、感情の通りに行動を起こす。

人間だったら、それこそ子供のように、感情のままに泣いて、怒って、動いて…それが、本来の''動物''という物なのだと思う。

だとしたら、''人間の大人''とは何なのだろうか。
生殖行動を行うまでの時間稼ぎ?
感情を殺して、本来の動物の美徳を亡くした生き物が、知性を備えてしまったがために長生きしようとするのは、最早''滑稽''と言えるのではないだろうか。

なら100年以上生きることの美徳とは、何なのだろうか。

江戸時代頃の寿命は約50年。
もっと初期だと20幾年か。
人類の成長と共に、''動物''の在り方は変わってきた。
知性の暴走。
それもいい意味で。
そう、人間的にはいい事なのだろうな。
うん、そうだろう。

でも、もう私はいいかな。
プライドが無ければ自分の道は決めずらい。
プライドも、感情の動向も、「きっとこうなんだろうな」なんて考えて動いている。

感情を明確に持っていた少し前の自分。
その頃も生きづらかったが、きっとそっちのが良かったのだろう。

人間の寿命が20年なら、私はとっくに死んでいる。
さらに欲求、いわば感情が分からない自分は''動物''として死んでいる。

つまり生きようが死のうが、同じことなのだ。

なら、20を過ぎた今の私は、死んでいるのだろうか。

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