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子供が投げたオモチャにそっくりなのに飛行船になれない【第三話】:「ようこそ都合のいい天国へ」

「魚住さんが着てるパーカーの首元の紐、取っちゃいましょう。ここで首吊られると困るからね」

「それとボールペンも没収ね、手首とか引っ掻かれると困るから」

「これから朝昼晩かかさず薬を飲んでもらって、あーその前に主治医の紹介があるからちょっと待ってね」

看護師が入院の説明をしているけれど私はここから出られる気は全くしなかった。
現代風のちょっと綺麗な座敷牢という感じで看護師は患者を人間として扱う様子では無かった。

この時の私は極度の淋しがり屋で臆病者で人の事も自分の事も怖くてたまらなかった。
「自分には後ろ盾が無い」と言う気持ちが強かったし、これは今でも強い。
そして誰かを傷付けてやりたくて仕方がなかった。構ってもらう方法が人を傷付けるような事しか知らないまま身体だけ大人になったアダルトチルドレン。
私はここに来るまでどうやって生きてきたか、寂しさを紛らわせて来たか、子供の頃から頼らんで人一倍無理して元気にやったよ、でも無理なんかせんで人を頼れば良かったのに。もっと甘えたりして。要らん努力ばかりした。
いや親に必要とされなかった時から本当は生きてすら、いなかったのかも。

人間扱いされないストレスと退屈は考えをどんどん豊かに(最悪な方向で)させていった。
産まれた時から現在までの全てを否定し続けている時、ようやく私の担当医のカバが来た(カバに似ているので)

「初めまして魚住さん担当医のカバです(仮名)」

カバの説明では私が今いる場所は精神病院の閉鎖病棟で、その閉鎖病棟の中でも一番厳しい拘束室という部屋らしい。

「まあ魚住さんが大人しく暮らせれば5日くらいで普通の閉鎖病棟に移れます」

普通の閉鎖病棟に戻れるまで
普通に暮らせる様になるまでどれくらい?
花瓶に花が挿してあるような暮らしじゃなくても良い、夜中にドンキホーテに行くような暮らし。

その言葉を聞いた夜は一睡も眠れなかった。
ふつうになりたい。



2時49分すみません眠れません。

毎晩飲む薬が合わないのか、ひどい幻聴と幻覚が見えるようになったのは3日目からの事だった。

「看護師さん!外で、ユーチューバーがこの病院の前で撮影していて、なんか、この病院が心霊スポットだからって言ってみんな騒いでるよ!」
「明日、ハンバーガーのCMの撮影だから出なきゃ…」

合わない薬による幻覚、妄想、幻聴それを聞いた夜勤の看護師は百葉箱くらい小さな窓から黙って私に追加の薬を差し出すだけだった。

そんな中1人だけ私の事を人間だと思って接してくれる看護師と出会った、拘束室4日目の夜のこと。

「すみません。眠れません。眠れません。」

ナースコールなどは無いので扉を叩いて声を出すしか方法はない。

「すみません。眠れません。眠れません」

冷たい足音の後、鉄の扉がガチャンと開いた。
アレサフランクリンに似た看護師だ。

「魚住さん、初めまして私夜勤よ
眠れないんだって?あんまり時間はないけど少しお話ししようか」

アレサはそう言うと私の背中をさすりながら
「入院する前は、何をするのが好きだった?何をして暮らしてたの?」
「唄とか、音楽とか…」
「そう、じゃあなぜここに来たの?」
「知らん…知らん…」
「じゃあ早くここを出ないといけないね。魚住さんはここにいるべき人ではないのよ。早く出ようよ。外に出て唄おうよ。」

弱っていたから、わんわん泣いた。もう泣き疲れて薬要らずで眠れるくらい泣いた。
私の腐りかけの根っこに水を与えてくれた。
とても暖かかった、この言葉が、手が、私にどれだけの希望を与えてくれたか。
私はたった一言誰かに言われたかった、母に父に祖母に祖父に
「あなたが必要だよ」とその言葉を貰うためになんでもやってきた。その言葉の為ならなんでもやれた。
人でも殺せたかもしれない。大きな母性を産まれて初めて感じたのはこの看護師へだった。
この時に私は初めて病気に向き合おうと思った。

そして泣いている私にアレサは追加の睡眠薬は持ってこなかった。

5日目の朝、カバの回診。

「魚住さん、特に問題なさそうなので
普通の閉鎖病棟に出ましょうか。」

「…私はどうすれば」

「そのまま生きようとしてればいい」



執筆者:魚住英里奈(@erina_chas) つづく


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