見出し画像

第二の人生「会社ではなくボランティア」という選択

(*この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年4月11日の記事です)

高齢化に伴い、企業では定年延長や再雇用が広がる。社会とのつながりは「やはり仕事」というシニアも多いだろう。そんな中、働く場を企業や行政からNPOなど市民セクターに移すなど、定年前後を境により一層「社会」を意識した生き方を選ぶ人も目立ってきた。

定年後の生活についてフリートーク

東京都文京区本郷にある老舗旅館の一室で、2019年2月17日、50代から60代の男女11人が車座に座っていた。定年後の生活をテーマにしたフリートークに話が尽きない。

「死ぬまで社会とつながりたい。仕事でも何でも、楽しいことをしたい」「自分の時間を増やしたい。語学を生かして観光ボランティアをするつもり」「サラリーマンはもうごめんだ。でもお金が必要。あれば働かなくてもいい」

NPO法人「リライフ社会デザイン協会 ReSDA(レスダ)」(同区)が主催した「50代からの自分ほぐしワークショップ」の一場面だ。協会は「企業人から大人の社会人へ」を掲げ、長年企業で働いてきた人たちに定年退職後の人生を考えてもらう機会を広く提供しようと、16年から活動している。この日は身体をゆったりとさせることで心もリラックスして柔軟な発想を引き出そうと開催。ヨガのあと、語り合いをした。

「主に企業で働く50代を対象に、定年後の人生を主体的に選択して社会とのつながりの中で生き生きと生きるお手伝いをしたい」と代表の上床(うわとこ)絵理さん(37)は話す。

50代からの自分ほぐしワークショップ=東京・文京区、筆者撮影

上床さんは子どものころ、祖父と同居していた。企業で働き、格好よかった祖父。だが、退職後は家からほとんど出なくなり、認知症になった。「なぜ、祖父は家に閉じこもっていたのか。どうしたら症状の悪化を防げたのか」。その問いが上床さんの原点になる。退職後も社会とかかわり続けることのできる社会をつくることが大切だと考え、活動を始めた。企業人に自分自身の「やりたいこと」に気づいてもらうことや、地域への橋渡しをサポートする仕組みづくりを模索している。

サラリーマンの仕事をやり尽くした

利益重視の企業とは異なる価値観のもとで、「第二の人生」を生き始めた人たちがいる。

NGO(非営利組織)を資金や人材面で支援する認定NPO法人「国際協力NGOセンター(JANIC)」(東京都新宿区)で18年10月から経営管理グループマネージャーを務める井上憲一さん(63)は、定年まで「日本IBM」で働いた。営業、企画を中心に海外勤務も経験した。

「数字を持って走って、目標をやり遂げる。数字が人格で、結果が全て。数字を達成するのは得意だったが、そんな仕事はやり尽くした」と井上さんはJANICで働き始めた動機を語る。

井上さんは1995年、阪神淡路大震災のときに神戸に暮らしていた。当時は「自分がすべての中心で何でも成し遂げられる」と考える「生意気盛り」だったという。ところが、震災ではできることは限られていた。がれきの下に人が埋まっていても人力で助けることはできなかった。自衛隊や消防、ボランティアによる救助、物資の運搬……。「多くの人の力によって、人は支えられている」。そう思うようになった。とはいえ、仕事もありサラリーマンを辞めるわけにはいかない。海外勤務で感じた途上国の貧困問題も頭をよぎり、せめても、と途上国の児童をお金で支援するNGOの活動「フォスターペアレント」を始め、22年間続けた。

退職後「自分の時間を人のためになることに使いたい」と考えた井上さんは、インターネットで「国際協力」「社会貢献」というキーワードで検索した。いくつかのNPOがヒットしたが、多くは「NGOの経験が必要」の条件があった。JANICにはそれがなく、経営管理などの職種を募集していた。組織や財務の強化ならできると考え、応募し採用された。

実際に働き始めると、コスト意識の低さなど企業との違いに戸惑うこともある。なにより賃金が低くても働いている若者に驚いた。「志高くやる気のある若者が、きちんと暮らせるようにしたい」。その思いで自分の経験を生かすことにやりがいを感じている。

井上さんは「企業での経験を生かせる場は多い。企業で生活の基盤を作り、定年後の選択肢として、やりがいを感じることができる世界です。途上国で活動もしてみたい」と意欲をみせている。

学校職員を定年で辞めて生活困窮者を支援

もう一人、退職後にボランティアの道に進んだ人を紹介する。

東京都職員(小中学校事務職員)だった足立洋子(ひろこ)さん(68)は、認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」(新宿区)でボランティアとして活動する。貧困や非正規労働者の生活困窮の問題に取り組む団体だ。足立さんは毎週火曜日、仕事やお金、住まいなどの悩みを抱える人の相談を受け、生活保護の手続きや住居探しを手伝う。路上生活者の相談会にも月に2回参加している。

足立さんは、11年の定年を前に第二の人生のことを考えた。「いろいろな人にお世話になって楽しく仕事をして、年金ももらえる。社会に何かお返しをしなければ。全力投球したいからこそ、ボランティアがいいのです。お金をいただけば、たとえ全力投球できなくても、いろいろと折り合いをつけながら働くことになる。それはもう現役時代だけで十分と思いました」と足立さんは振り返る。

そんな折、参加した児童虐待に関する講演会資料にあった文字が目に飛び込んだ。「定年後に社会福祉士の資格を取ってボランティア」。これだ、と思った。ボランティアにしても、福祉のイロハだけは知っておきたいと考えた。専門学校に申し込み、退職すると同時に1年間通って社会福祉士の資格を得た。

現役時代に感じた悔しさや怒りがきっかけ

足立さんは学校事務職員時代、自分たちの職場に非正規雇用が導入されるのを止められなかったことへの悔しさや怒りもあり、もやいの活動に参加した。同時に「いのちの電話」でもボランティアを始めたが、こちらは今年3月にやめた。年齢とともに気力・体力が落ち、全力投球するには一つの活動に絞る必要があると思ったからだ。

「限界を感じることは度々で、嫌になることもあります。でも、新しい生活のスタートラインに立った相談者から感謝されれば、頑張らなければと思います。それにボランティア仲間で飲みに行くのが楽しくて。新しい出会いや経験をさせてもらい、感謝ばかりです」と足立さんはほほ笑む。

シニアの新しい働き方を提案

市民セクターに関心のあるシニア向けに、NPOなど社会活動に特化した求人サイト「定年世代のはたらくプラス」が18年12月に始まった。病児保育や放課後の子どもたちの居場所活動をする団体などのスタッフやボランティアの求人が掲載されている。

サイトを企画した池邉文香さん(29)は「企業や行政での経験を生かして市民セクターで働く人が増えれば、社会課題はより多く解決できるはずです。シニアの新しい働き方を提案したい」と狙いを語る。

少子高齢化に伴う働き手不足などを背景に、高齢になっても働き続ける人が増えている。総務省によると、17年の高齢者の就業者数は807万人で、過去最高を記録。65歳以上人口に占める男女別の就業率は男性31.8%、女性16.3%で、いずれも6年連続で上昇している。就業者総数に占める高齢者の割合も12.4%と過去最高だ。

花王生活者研究センター(東京都墨田区)が18年11月に発表した「働く実態・働く意識・健康意識と行動・生活価値観」の調査リポートによると、60代前半の男性が仕事をする理由は「生活維持のため」が72%と圧倒的。だが、65~69歳では52%、70~74歳では45%に減る。その一方、年齢が上がるにつれ、「健康のため」や「人との交流ができるから/社会参画ができるから」「生きがいになるから」が増える傾向がみられた。年齢とともに、お金のためではない自由な働き方を選ぶ人が増えていることがうかがえる。

日本老年学会は15年に「最新データでは高齢者の身体機能や知的能力は年々若返る傾向にあり、現在の高齢者は10~20年前に比べて5~10歳は若返っていると想定される」と発表している。長い「老後」をどう生かすのか。決めるのはあなた自身だ。

(*この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年4月11日の記事です 無断転載を禁じます)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?