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きもの本棚⑬『銀太郎さんお頼み申す』と、私の振袖写真

近頃、月刊誌で『銀太郎さんお頼み申す』を毎月、買うようになった。新宿のカフェで働くさとりちゃん(25歳)が元芸妓で、器のギャラリーを営む銀太郎さんに魅せられ、着物に目覚める話だ。四月号では、さとりちゃんがホテルの結婚式に振袖を着て出るために奔走し、友達だけでなく、いろんな世代の人が振袖の価値を見直す。読んでいて、腑に落ちた。去年の夏、私が長唄の演奏会に集まった着物姿の観客について書いたのも、こういう話をしたかったのだ。

さて、トンチンカンな私にも、振袖で結婚式に出た経験がある。会場は白金の八芳園で、岸田総理がバイデン大統領を茶湯でもてなした場所だ。

披露宴会場はビルの中だが、建物の一階は中庭に面している。中庭に出て、玉砂利の上に立って見回すと、中庭の池を中心にすり鉢状に作られた回遊式の庭は、盆地のように四方を緑に囲まれている。丸く刈り込まれた低木の緑がその斜面を這い上がり、間に立つ紅葉や松の幹の色がスッ、スッと筆で描いたように美しく見える。池には振袖の柄と良く似た色の錦鯉が泳いでいた。私が二十代の頃は、この中庭で親族の集合写真を撮影できるのが人気だった。結婚式の当日は私達、ご学友の私達も花嫁の後を追い、中庭に出て、思い思いの写真におさまった。

今、見返しても、ハイヒールの脚と一緒に並ぶ絹地の「昭和三色」には重みを感じる。背景の日本庭園にも良く、馴染んでいる。

当然、友達も喜んでくれた。

だが、私が振袖を選んだ動機はさとりちゃんのようなまともな考えがあってのことではない。成人式の日の写真が、あまりにブスだったからだ。前日にコンタクトで角膜に傷を作ってしまい、一晩中涙が止まらず、腫れた目蓋をアイラインで埋めた生涯一度きりの写真は、田舎臭い顔になっていた。

そして、結婚式の振袖写真には後日談がある。友達に褒められて調子づいた私は、翌年の年賀状を振袖写真にしてみた。今度はちっとも、喜ばれず「お見合写真みたいね」とドン引きされた。着物には、それを着る意図が必要なのだ。
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