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歌舞伎・演目覚書④『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』

三月の京都・南座は中村隼人丈が壱太郎丈と『女殺油地獄』をやっているそうだ。

有料チャンネルがハシリの頃に『パーフェクトデイズ』のベンダース監督の『都会のアリス』や、なぜか、結婚する動機に繋がった『ポンヌフの恋人』を盛んに放送していた。思えばこの頃が私の真の映画デビューで、モノクロの日本映画を見るようになったのも、有料放送からの映画館通いの流れだった。

テレビの画面で観た『女殺油地獄』は1957年版の映画で、お吉役は『洲崎パラダイス』の新珠三千代(あらたま みちよ)。そして、与兵衛役は2005年に四代目坂田藤十郎を襲名する二代目中村扇雀丈だった。例え、配役が歌舞伎界の重鎮でも「破滅して終わるのでは、映画の主役にはならない」と考えたプロデューサー氏は思案の末、結末を付け加えた。罪を喰いた与兵衛が「町民にとって、反面教師になるのなら」と自ら望んで、市中引き回しの身となるのだ。主役に石を投げつける過酷なシーンには、映画製作の重みが滲み出ていたっけ。

さて、ネットの記事によると今年の『女殺…』は片岡仁左衛門・監修とのことだ。残念ながら、仁左衛門丈が演る『女殺…』を観たことがないが、NHKで放送していた2022年12月、南座の愛之助丈の『女殺…』は目つきがそっくりだった。

ちなみに、この時のお吉役は仁左衛門丈の息子・孝太郎丈が演っていた。お吉は与兵衛の家の向かいに店を構える同業者。店には大きな油の瓶をずらりと並べ、ヒシャクで測り売りしている。隣人として、甘え上手な与兵衛の世話を焼いてきたお吉だが、既に、結婚して子供もいる。お吉は「亭主に仲を疑われては、面倒だから」と与兵衛の「頼み」を拒むのだ。

孝太郎丈のお吉は修羅場の芝居もさすがだが「亭主」の話をする時の変わり身の速さが生々しく、共感できた。私にも、こういうことがあった。お吉にしてみれば、亭主の焼き餅こそが現実で、向かいの家の苦境は絵空事なんだもの。夫は妻に対し、馴染みのある主婦の顔でいて欲しいが、妻には青春時代の顔もあれば、昨今では仕事での顔も持っている。これが親世代なら、サザエさんのフネさんのように、主婦の顔ひと色でいられたのだろうに、そうはならないから、面倒だ。与兵衛は「夫の焼き餅」なんて、つまらない理由でお吉に拒まれ、普段は見せたことのない主婦の顔までも見せつけられ、ブチ切れるには十分なのだ。

映画では気付けなかった感情を歌舞伎で見出したのは内面が成長したからかもしれない。映画も歌舞伎も、『女殺…』は私の好きな作品だ。#映画にまつわる思い出

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