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自分の「動機」を知る必要はあるのか?

「自分の動機をもてることとは何でしょう。
それが分かれば生きるのに生きづらさが減少するかもしれません。
自分を心を知ることはできても、
心惹かれるものを知ることは難しいでしょうか?
その理由を知るのも難しいでしょうか。
その正義の是非はどないなものでしょう?
それは案外クリティカルかも知れません。
これからどうやって生きていけばいいのだろうなんて、
思案するのなら、
それはまだ迷いの中に居るのです。
それはどんな感じでしょうか。
そんな自分に気づくでしょうか。
大事なことは案外それかも。
やはり収益が見込めることは外せませんよね。
収益化できるかはともかくとして
試してみたいことが見つかったら、
それはそれでハッピーじゃないでしょうか。
私はまた旅をしてみたいですね。
そんな仲間がいればいいのですが、
あいにく今はいません。
いたら相当楽しいだろうなと思います。
それは今のところ夢想にすぎません。
しかし、実現したいなら、
たとえ夢だとしても掲げることが大切だと思います。
なんかの間違いがあって実現してしまうかもしれませんね。
私は愛犬を飼っていますが、
彼と旅するのは可能なことです。
電車にはカゴやケージに入れれば乗り込むことは可能です。
飛行機は厳しいですね。
確か乗り込みは可能でしたけど、
カーゴに入れられる感じだったかな?
後で調べてみようかな?
もうnoteはメモ帳みたいなもんです。
直筆で書くよりも早く書けていいかもしれませんね。
そういう意味では設立者に感謝です!
さて
動機やモチベーションはどうやって得ればいいのでしょう?
お金がそれにはならないですよね。
しかし、生きていくのに贅沢はそう言えるものでもないかもしれません。
家計を支えるためにイヤイヤ仕事する羽目になるのなら、
アンチワークも意味あることだと思います。
それが世界を変えていく原動力になるかも知れません。
仕事もゲームみたいなものでしょうか?
博打ではあるのですよね。
社会に必要なものって何でしょう?
それが分かれば行きやすくなるでしょう。
恐らく。
で、何がいいたいかというと、
この社会にはタブーが多すぎます。
それはある場合には相応しくないとか、
それが様態化していたりするのは、
何故でしょうか。
何故やってはいけないのでしょうか。
敢えてやってみてもいいでしょう。
相手に正義を感じないなら。
それはそうと、
動機とは正義かもしれませんね。
社会に正義を求めるのは当然のことです。
それが求められていることだと全ての職業の人が自覚するべきです。
イヤイヤやっているのではない。
自分には使命がある、と言えるのでなければ、
それは天職では多分ありませんね。
だから、それを発見することが仕事なのかも知れません。」

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