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さまざまな言の葉の綾
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記事一覧

【詩】強いな

おばあちゃんというミラクルが発動して ぼくが入手にしたY・Fは お母さんという残酷に誘拐されて 汗まみれの小さな闇に監禁されて そのまま水責めでぐるぐる拷問を受けて ベランダに墜落したところを発見された ズタズタになって死んでもおかしくないのに しわしわだったけれど傷ひとつなかったから 誘拐した張本人が1番驚いていたんだ Y・Fって強いな 1番大きなもねいだからかな ぼくはY・Fが好きだな E・Sに変わっても強いのかな 強くないとカッコ悪いな ぼくもY・Fみたいな強い男にな

【詩】消して欲しいもの・立ち上がってくるもの

ある文豪の愛人だった女優の 赤裸々な手記 よく行っていたラブホテルの名前まで 出てくるのはおかしかったな 才能に溢れ見た目も完璧な妻が 夫である文豪に不倫されて気が狂い 娘もろともその女優を突っぱねるけど 女優との関係を選んだのは 夫であり父であるその文豪だからね 夫を認めないという 父を認めないという 文豪が死にそうになって入院しても 女優を病室にも入れなかったが 入院の身元保証人のところには その女優の名前が書いてあったとか そんな恥ずかしい話も暴露されて 暴露しなくちゃ

【詩】最後の日

私は耳を澄ます 音で距離が分かる 朝な夕な車で夫の送迎をしていた港 目が見えなくなる前に勤めに行っていた工場 息子の合格した高校 娘の通った幼稚園 孫を遊ばせた公園 氏神を祀る神社 ……爆風 「お母さん、一緒に逃げましょう」 ひと月前に息子の誘いを断り 留まる決意をした いや、最初から決めていた 私は耳をふさぐ 空気の揺れを肌で感じられるほど すでに近くまで迫っているのだ もう音に頼ることもない 夫とともに苦労して建てた家と心中する これが私の本望だ いよいよ亡き夫の元

【詩】憧れと殺意

ママの目はいつも充血している 片方しかない結婚指輪が 窓から射し込む夕日をはね返し 異様なほどに光っている ママの男が来た 寂しさを紛らわすために 虚しさを増殖させているのなら やめればいいのに 男を殺してやりたい でも帰るところをつかまえて 私の体を差し出せば ママのことが少しは分かるのかな 私を見る弟の物欲しそうな目 私と男との間に何か起こったら 間違いなく男を殺すだろう 場違いなバッハを聴いたときの悲しみ 向かいの林の闇 こんなはずじゃなかった 大地が泣いてい

【詩】誘惑の雨

しっとりと まとわりつくのだ この雨は 桜桃のような 紅いくちびるを震わせて 雨宿りする君を見つけた 「駅まで送ろう」 この小さな傘では 私と君の肩は 今にも触れんばかり 濡れたブラウスから たちのぼる芳香 君はまるで 洗いたての桃さながら 傘に打ちつける雨のあい間に 君の息づかいに耳を立てる くり出す足は とき折り同じリズムを刻む 駅は目の前だというのに なぜか途絶えた人波 3年間 息をひそめていたケダモノが いつ表面化してもおかしくない 「あ」 段差につまづい

【詩】お互いに

こじつける 反論する 不意打ちする 丸裸にされる 歓喜する 慟哭する 触手を伸ばす 包囲網を張る 足踏みする 背後を固める 巻き込む 働きかける ひと休みする ひと休みする きっかけを探る 芽を摘む 飛び地を燻らせる 糾弾する 急襲する 救援に向かう 突撃する 反撃する 拡げる 拡がる 募る 募る 子を差し出す 子を差し出す 先が見えない 先が見えない 疲弊する 疲弊する それでも戦う それでも戦う 禁忌を破る 禁忌を破る 焦土と化す 焦土

【詩】美しい絵

体の動かない幼な子を 母は抱こうとしなかった 彼は寂しさに息絶えた 天に召される直前 彼の意識は冴えに冴え 手が動く 足が動く はじめて絵筆を握り 屋根の上に飛びのり 灰色だった記憶を 色あざやかに塗りかえた 彼の最期をみとった若い女中は もう動かない口もとに 笑顔のかけらをみとめた 憐れな子だと情けをかけて せめて自分が彼の救いになればと いつも見守ってきたのだが ついぞ笑った顔を見たことがなかった 悪魔に取り憑かれたのか 母をあざけっているのだろうか いや そん

【詩】タブラ・ラサ

争いに敗れた焼け野原に なかば強引に拡げられた タブラ・ラサ 偉大なる革命のもと 強引な焼き畑により施かれる タブラ・ラサ どちらの場合でも 時が経つにつれ 誇りという名の養分と 忘却という名の染みが タブラ・ラサを腐食させ 新たなタブラ・ラサを 求める声があがる われわれの足元には いったい何枚のタブラ・ラサが 積み重なっているのだろう

【詩】遺伝子の怪

なぜだろう この国では 男ばかりが 美しい まばゆい鱗をもつ蛇のように ひょろひょろのびて 女の四肢を絡めて とどめおくのか それとも ふたつの胛を羽に進化させ より麗しい女をもとめて 飛び立とうとしているのか

【詩】恋の芽生え

 全身で感じる  まとわりつく空気の  ひとつひとつのつぶつぶが  まあたらしい息吹に包まれているのを  全身で受けとる  未知の声音の波のうえに  片道だけの燃料をつみ  可視の先へと漕ぎだしてくる眼差しを

【詩】炎の色

 フィルムの粗い粒子に  焼きつけられた火炎放射器の  夕焼けと同じだいだい色  残酷さと美しさとの間には  いかなる差異も存在しないのだと  教えてくれた色  その驚愕を共有したわれわれの  それぞれの胸の中で  徐々に広がってゆく炎の色の  ほんの僅かな差異  僅かであるがゆえに  埋まらないことに絶望し  無限に深まりゆく溝に  身を投げ続けなければならない残酷  のばせば手に入る快楽に溺れ  己れの魂の炎の色を失えば  そこに残るのはただ 不毛  だいだい色に