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【手帳と暮らしてきた#1】なぜ紙の手帳を愛用するのか

春先や秋口になると、書店・大型雑貨店では紙の手帳が平積みにされ、選びきれないほどのカレンダーが吊るされます。
これらの売り場の面積は縮小するどころか、新商品を取り込み年々拡大しているように思えます。

タブレット上で管理する手帳「デジタルプランナー」や、メモ・TODO管理に長けた「Notion」といったアプリが支持を得る一方で、なぜ紙の手帳は市場を縮小することなく、多くの人に愛用されているのでしょうか。

手帳という「知識や情報を集めた痕跡」「持ち物」の価値

そもそも、手帳とは本来どのような品物だったのでしょうか。

いつも手もとに置き、心おぼえのためにいろいろな事柄を書き込む小さな帳面。手びかえ。

引用:手帳(てちょう)とは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp)

手帳は古来、スケジュールやTODO管理より、知識や情報をメモしたノートの意味合いが強かったようです。
レオナルド・ダ・ヴィンチのメモやスケッチが収められた手帳や、映画「インディ・ジョーンズ」に出てくる「聖杯日誌」が主な例でしょう。

文字や精密なスケッチがぎっしり書き込まれたページの数々は、情報を集約した自分だけの書物のようです。
自らの手で集め、考え抜いた痕跡が詰まったそれは、おのずと特別な価値をもたらしてくれます。

のちにカレンダーと記入欄が合わさった手帳がヨーロッパで生まれ、日本でも流通するようになりました。
各手帳メーカーの研究・開発によりフォーマットが多様化し、現在では「ほぼ日手帳」「ジブン手帳」といったブランド手帳から個性的なものまで、数多く販売されています。

普及に伴い、手帳やノートは単なる「道具」ではなく「品物」としての価値を強めました。
品質や素材、フォーマットにこだわり、より良い使い心地へとブラッシュアップされるだけでなく、「持ち物」としての魅力が年々高まっています。

ビジネス向けの落ち着きのある洗練されたデザインから、プライベート用としてファッション小物のように楽しめるもの。
あるいは好きなキャラクターやイラストがプリントされているもの。

気に入った品を手元に置くだけで心は弾み、自然と手に取る頻度も高くなり、書き込む機会も増えるでしょう。

知識や情報を詰め込んだり、持ち物のひとつとして愛でたりすることに価値を見出す。
紙の手帳の魅力は単なる道具に留まりません。

紙にインクを染み込ませる感触、物とものを貼り合わせた質量が残る

一方で、Apple製品に代表される無駄をそぎ落としたデザイン、メタリックな質感を好む人もいます。
よほどこだわりがなければ、紙や革、布地を好む人でも、ポリウレタン製のスマホカバーや金属製の時計くらいは使っているでしょう。

しかし、デジタル機器は良くも悪くも均一、フラットです。
スマートフォンでフリック入力する際に指をすべらせる感触は、ひび割れでもなければ保護フィルムのややぬるっとしたきめ細かさのみ。

フォントは手書き風のものこそあれど、均一で整っている代わりに字のくせや強弱、インクの濃淡の風合いを持ち合わせません。

一方、紙に書く行為は、物質としての情報量を多く含んでいます。

ひとくちにボールペンで紙に書くとしても、ボール径を紙に押し当てて一画ずつ引くたびに、紙との摩擦が生じ、インクがすべり出して染み込む。
紙質はなめらかなのか、繊維質なのか。ペン先は鋭いのか丸っこいのか。
インクは粘度が高くぬめりがあるのか、さらさらしているのか。
それらの感触をより実感できるため、万年筆やつけペン、ガラスペンが人気を博しているのでしょう。

さらに、文字には感情が宿ります。
好きなアーティストのライブの予定を書けば弾んだ字にハートを飛ばしたり、仕事やプライベートでうっぷんが溜まっていたら刺々しい字面になったりするでしょう。

事細かな日記やライフログをつけなくても、予定ひとつでも手帳に残っていれば「ああ、この日は〇〇で食べたアイスクリームがおいしかったな」「〇〇さんが話していた旅行の出来事に爆笑したな」と、紐づいた記憶が呼び起こされます。

ジャーナリングアプリでもそのときの気持ちを残すことはできます。紙媒体と併用している人も多いでしょう。
ただ、やはり自ら紙にインクを染み込ませて書いた感触は、より「残る」感覚が強いのではないでしょうか。

古くから、人間は地面に紋様を描いたり、石板に尖った石で文章を刻んできました。
紙に書く行為は、たくさんの感触を無意識に感じ取りながら、同時に想いを刻みつけているのです。
人間という生きものは、ほんの数秒前に考えていたことすら忘れてしまいます。故に、何かを残したがるのかもしれません。

また、展示会のチケット、もらって嬉しかった付せんのメモ書き、子どもがくれた折り紙、孫からの手紙……そういった品を残す点でも、紙の手帳やノートは優れています。

デジタルでも可能ですが、写真に収めたり、スキャンしたりしてデータにする手間があります。
その点、アナログであればのりやテープで貼り付ければ済みます。

物質としてはかさばるかもしれません。それが嫌でデータ化を重視するやり方は理にかなっています。

ですが、物質としての「質量」を保ったものは、行先での光景、親しい人の筆跡、子どものやや曲がった紙の折り方というように、より多くの記憶や生の感触を含んだまま残るのです。

アナログは原始的だから簡単で、早い

デジタルの進化はめざましいものです。
いまではタッチペンでタブレットに直接書き込み、アナログに等しい描線やイラストを当たり前に描けます。

操作に長けた人ならば、有用に使いこなしたり表現の幅を広げたりできるのでしょう。
デジタルの恩恵なしでは暮らせないほど、その便利さ、快適さは誰もが身に染みているはずです。

一方で、アナログの良さもまた、デジタルの利便性に比例して価値を高めています。
その大きな理由として、「簡単で早い」ことが挙げられます。

例えば、デジタルでは複数のデータをフォルダにまとめることはできますが、一度に見比べるのには限度があります。
多くの場合はいくつかのデータやページを行き来しなければなりません。

その点、紙の手帳やノートは内容がバラバラだとしても、1冊にまとめておけばページをめくるだけで目的の項目を探し当てられます。
データを行き来するよりシンプルで、実は効率よく必要なページを集約しておけるのです。

書くにあたっても、紙媒体は目的のページを開いて書く。それだけです。
デジタルは目的のアプリ以外に、SNSや動画へすぐに「寄り道」ができてしまいます。さらに、快適に進めるまでのセットアップが必要な場合があります。

デジタルならではの利点はもちろんあります。
しかし便利すぎるが故、散漫な行動を招いてしまうおそれがあるのは誰もが身に覚えがあるはずです。

アナログは限られたことしかできない、原始的な行為です。
そのため簡単に行動を起こすことができる上に、本来の目的に一点集中できるのです。

おわりに

人間は覚えておけることに限界があります。

予定、TODO、特にその日感じたふとしたことは次の瞬間に忘れてしまいます。
残しておかないと仕事も家のことも上手く回らなくなりますし、日々は風化して面白味がなくなってしまうでしょう。

紙の手帳がなかったら、ただメモを取ったり、デジタルアプリを使えば事なきを得るかもしれません。

ですが、自分の手で紙に書き残す行為は、真摯に暮らしと向き合い、より良くすることにつながるのです。

予定やTODOの管理は、書き出せば一目で分かるようになります。
また、頭の中で考えているだけでは飽和してしまう悩みごとも、誰かと論議するには気が重い話題も、紙のなかでは気兼ねなく思考を広げ、自分自身と対話できます。

常日頃から何かを考えている訳ではなくても、紙に書くことは誰にとっても身近で、手軽な行為に変わりありません。

デジタルだけでは得られない恩恵、充足感があるからこそ、紙の手帳は多くの人に長く愛されているのでしょう。


連載「手帳と暮らしてきた」は月イチ更新です。
次回以降は、筆者の過去の手帳や当時の使い方を1冊ずつ紹介します。

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