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Grandpa's cloud(1)

雨の日が嫌いになったのは、あの人が雲になってからだ。
三十三年前、冬、広島。

僕が初めて「死」に直面したその日、空には雲が浮かんでいた。

じぃちゃんの存在を初めて意識したのは、僕が三歳か四歳のとき。

ある日、黒瀬町にある僕の実家にじぃちゃんとばぁちゃんが遊びに来ていて、近くのスーパーマーケット「藤三」で二重焼きを買ってくれた。
黒瀬町は広島県にある田舎で、戦艦大和でお馴染みの呉市と酒の街で有名な西条挟まれた、ほんとに何もない町。

念のため「二重焼き」についても説明しておくと、他の地域では「回転焼き」とか「大判焼き」とか言われる、あの美味しいやつだ。

一箱に八つ入ったその、美味しい二重焼きを家族六人で食べようとした時。
八つを六人で分けるわけで、当然余りが出る。
甘い物が好きだったじぃちゃんが、二つ目の二重焼きに手を出した時、ぱちん!と音がした。

ばぁちゃんがじぃちゃんの手を叩いていた。
「そげにようけ食べて!よっくんにあげんさいや!」
と叱られ、苦笑いする姿が、僕にとってじぃちゃんの最初の記憶。

それからしばらくの間、その時のじぃちゃんとばぁちゃんのやり取りを真似しては、僕は家族を笑わせていた。


物心がついて間もなくだったから、記憶は断片的にしかない。


次に覚えているのは雨の日の事だ。

僕が幼稚園に入るまで、僕ら家族は下蒲刈島に住んでいた。
下蒲刈島というのは、瀬戸内海に浮かぶ小さな島で、みかんと藻塩が有名だ。
その島の一画。僕らが生活していたのは、母親の実家近くのちっちゃな教員住宅だった。

その頃の僕は雨の日が好きで、雨が降ると決まって外に飛び出しては、びしょびしょになりながら走り回っていた。
それは雨で畑仕事を中断したじぃちゃんが、軽トラで近くを通るからだ。

じぃちゃんの軽トラに乗り込み、向かうは車で十分のじぃちゃんち。

じぃちゃんとばぁちゃんが住むその家で、キウイフルーツ畑に降る雨のバタバタという騒がしい音や、トタン屋根に降る雨のバラバラという大きな音、みかん畑に降る雨のザワザワという静かな音を聞くのが好きだった。


そう。
僕は、雨が好きだったんだ。

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