性的表現には「悪影響がある」か?~その批判方法~

ゆっくりしていってね!!!!

この記事は前回の続きとなる第2弾よ!(未読なら以下の第1弾を読んでからのほうが良いと思うわ!)

【2021年9月24日追記】下記の内容は、一部、第3弾にて修正されています。本記事の本文にも修正は反映されておりますので、このままお読み頂いて差し支えありませんが、第3弾ではより詳細に誤りの内容を論じておりますので、ご一読いただけますと幸いです。【追記終わり】

フェミ議連への抗議活動の署名が、なんと5万筆を突破!
(※2021年9月22日現在)
すごいわね!? 素晴らしいわね!

みんなで更に署名を募ったり、またフェミ議連から出た酷い回答を批判したり、タイムラインもすごいことになってるわ。

そんで、ぱちぇはというと……。


画像1


……んん? ええっと……?


画像2


…………。

……なんで、どうして、何があって、
関数電卓(CASIO fx-JP500)を片手に論文読んでるの?

どういう展開なの?

それ大学院にいたときにやってたやつでしょ?

もっとこう、フェミ議連批判のツイートをリツイートしたりとか……。
「フェミ議連からの回答書」の批判の列に加わってみたりとか……。

あるんじゃないかしら? そういう、何かが。

もうこれフェミ議連も戸定梨香さんもだいぶ関係なくなってるわよね?

はい。でも、ぱちぇはそういうの一切気にしないから。

本記事のテーマはこれよ!

「性的に露骨な表現物」または「性暴力的な表現物」は、
本当に「悪い心と悪い行動」を引き起こすか?

このテーマについて、ガッツリ論文さんを読んで検討してみたわ!

※ただし、今回紹介するのは、総説論文1つ+メタ分析論文1つ+原著論文1つの合計3つよ。(この3つの批判的検討だけで長くなりすぎたのよ……。)

あ、「性的に露骨な表現物」というぎこちない日本語は、英語でいうSexually Explicit Media(SEM)の公式な和訳だから使ってるんだけど、以下では、面倒だから「性的表現」で統一するわね。

「性的表現は青少年に悪影響を与える」派の論

日本語で読める総説論文で、かつ明らかに「性的表現は青少年に悪影響がある。」を支持しているものを一つ紹介するわね。

ちなみにこれは無料でPDF文書が全文読めるわ。

今回は、この総説論文を批判的に検討するのを基本的な構成としたわ。

この論文を選定した理由としては主に3つ。

1.日本語かつ無料で全文読めるため、読者と素材を共有しやすい。
2.性的表現に「悪影響がある」側の視点でまとめられている。
3.文部科学省委託調査報告書「青少年を取り巻くメディアと意識・行動に関する調査研究」に取り上げられている。(つまり政策に関与する一端を担ったことがある。)

1は、前回の記事の反省点をちょっと踏まえたのよ。
「まとめは分かりやすかったけど、元の英語論文は読む気がしない。」という御感想が、そのー、けっこうたくさんあったわ。そうね。確かに面倒くさいわよね、英語……。
前回記事ではMilton Diamondさんの総説論文を中心にしたのだけれど、その中心となる大事な素材を読者さんと共有できなかったのは、イマイチだったわ。

2は、単純に「大した悪影響はない派」であるぱちぇを有利にしないためね。有利な論文を持ってきて、有利な立場で論じる――それもまた勉強だけれど、どうせなら不利を背負いましょう。

3は、だからといっても、「決してどうでもいいような論文を扱ってるんじゃありませんよ。」という意義付け・権威付けね。
どっかの誰かが適当に書いたゴミみたいな論文なんて無限にあるのだわ。影響力の低いor無い論文の話をしても仕方がない。したがって、多く引用されているとか、有名な学術誌に掲載されたとか、政策決定や司法判断に関与したとか――まあ、「強いやつ」を選びましょうってことよ。これは、本記事を通して貫くわ。

今回は全パラグラフをいちいち精密に読んでいくのではなく、重要な部分を取り上げていくわ。

自分の首を絞めてしまう、その論理

さて。上記の論文は次のように始まるわ。

インターネットへのアクセスを容易にしたスマートフォンは近年、青少年にも急速に普及しつつある[1]。一方、従来の携帯電話向けフィルタリングではスマートフォンへの対応が技術的に難しいとされ[2]、ネット上の「性的有害情報」[3]を青少年が目にする機会は増加傾向にある[4]。技術的な規制のみに頼るには限界があるなか[5]、性的有害情報への新たな対策が急務といえよう。マス・コミュニケーションの効果研究において、メディアによる性的有害情報が人々にどのような影響を与えているのかという点については、海外では1970年代から盛んに実証的な研究が行なわれてきた。日本ではその種の研究はほとんど行なわれてこなかったが(大渕、1991)、1990年代以降、性的な映像やコミックに関して、国内外の研究結果を報告する動きが見られるようになった。もっとも、こうした動きは2000年代半ば以降は鈍化しており、特にネット上の性的有害情報に関する研究報告は、ほとんど見受けられない。本稿はこの点を補うべく、ネット上の性的有害情報をめぐり海外で行なわれている研究[6]について最新動向を伝え、ネット上の性的有害情報対策のあり方を考察することを目的とする。
渡辺『性的有害情報に関する実証的研究の系譜』(2012)

この論文に限らず、また国内外を問わず、「性的表現には悪影響がある」派の論文すべてに共通する弱点なんだけど、「性的表現の氾濫による事態の深刻性のアピール」と「実際の統計上は、性犯罪も性暴力も増えていないこと」がまったく噛み合わないわ。

深刻性のアピール方法は、インターネットの普及(性的表現との接触頻度の増加)に限らず、ポルノ市場の拡大傾向(性的表現の絶対量の増加)とか、あと変わったところだとPTSD患者の増加とか色々あったのだけど、どの国でも結局、性犯罪も性暴力も、古いステレオタイプの偏見も増えてないっていう。

ぱちぇ、英語でも「悪影響ある派」の論文をかなり読んだのだけれど、きれーーーーに、みーーーーんな、絶対にスルーしてるのよ。もう暗黙の了解ってやつね。国家統計の性犯罪率・性暴力率の時系列推移に関する話をしちゃいけないみたいね。

でも、深刻性はアピールしたいから、性的表現との接触頻度は増えてる、絶対量も増えてるって話はするのだわ。
これ、潜在的には自分の首を絞めてるわよね。「そんなに深刻で大きな問題なのに、国の統計レベルになると、いや地方自治体ごとに区切っても、性犯罪率・性暴力率は減ってるの?」ってみんな思ってしまうのだわ。

もちろん、この点に盛大にツッコミを入れたのが、前回記事のMilton Diamondさんな訳だけれど、「悪影響派」の皆さんは、彼の論文を死んでも引用しないことにより問題発生を避けてるわ。もちろん、今回の渡辺さんも無視を決め込んでるわね。Diamondさんの当該論文は2010年出版だし、何なら「日本のポルノ表現とレイプ、性犯罪率」で1999年にも論文出してるから、2012年の総説論文で無視するのは変なんだけどね。わざわざ「日本」なのに……。

まあ、でも今回は許してあげましょう。本格的に内容に移るわね。

メタ分析しても根本は変わらないのだわ!

しばらく読み進めると、さすが総説論文であるだけあって、出典はしっかりしたお話が出てくるわ。フェミ議連の抗議状とはさすがに違うわね。

海外で、従来メディアのポルノグラフィーに関する実証研究は精力的に積み重ねられている。2000年には、これまでに英語圏で行なわれた46の実証研究を、Paolucci, et al. (2000)がメタ分析した。その結果、ポルノにさらされると、「逸脱的な性行動を取る傾向」、「性犯罪の遂行」、「強姦神話の受容」、「親密関係に困難をきたす経験」がいずれも2~3割程度増大することが明らかになった。Paolucci, et al.は、「結論は明白で、且つ、ぶれがない」とした上で、「ポルノ影響に関する諸々の研究結果が示していることは、ポルノグラフィーが暴力や家族機能に影響を及ぼすか否か、という論点を超えて、その次の段階に議論を進めるべきだ、ということである」と述べている。
渡辺『性的有害情報に関する実証的研究の系譜』(2012)

へえ、そうなのね? ポルノに晒されると、色んな性的に悪いことが「2~3割程度増大」するのね!

じゃ、Paolucci(2000)の論文をゆっくり召喚しましょう。
ぱちぇ、いま批判モードMAX(別名:研究室輪読会モード)だから、総説論文著者による「要約」はもちろんのこと、著者自身が書いた「結論」ですら信じないわ。

だって、実験結果を正しく解釈していない結論かもしれないでしょう? 実験データから保証できないほど「強い結論」を書いちゃった論文なんて吐くほど読んできたのだわ。

ちなみにResearchGateの方だと無料でPDF文書が全文ダウンロード可能よ。ゆっくりできるわね!

Paolucciさんは合計46報の論文をメタ分析して、①性的逸脱行為 ②性的加害 ③親密な人間関係の毀損 ④レイプ神話の受容という4つのポイントに絞り、これらと性的表現の接触状態との相関関係を調べたわ。

その結果で作ったのが次のテーブルよ。

画像4

Paolucci(2000)より引用(書き込みは引用者による)

大事なのは赤枠で囲ったところだけよ。一応他の要素も軽く説明しておくと、"of Studies"は調査対象にした論文数ね。縦で合計すると46を超えるのは、①~④のポイントを複数同時に扱った論文もあるからよ。そして、その横の"Total N"は調査対象となった合計人数。
最初の行の"Sexual Deviancy"(性的逸脱行為)でいえば、11報の論文が含む合計4,450人を対象としてメタ分析をした、ということになるわね。

そして、d値というのは、「大きな正の値を持つほど悪く、かつ性的表現の接触状態と強い相関がある」みたいな意味合いの数値よ。0に近いほど無相関。大きな負の値になると逆に良い状態ね。
「性的逸脱行為」のd値が正の値だったら、「性的表現と接しているほど、性的逸脱行為も起こしやすい」で、負の値だったら「性的表現と接しているほど、性的逸脱行為は起こしにくい」ね。
結果としては+0.65だから、「性的表現と接触することと、性的逸脱行為を起こすことには、強めの相関がある。」という結果よ。

相関がある、という結果よ。

別に因果関係の保証になるわけじゃないわ。

いやあのね? 
スライムが8匹集まったらキングスライムになるってんじゃないんだから、相関関係を調べた論文を単にメタ分析でまとめあげても、因果関係の立証に変化したりはしないわ。
特に今回対象とした46の論文は、家庭環境や親子との関係、暴力被害経験の有無、反社会的交友関係があるかどうかといった「未検討の因子」や、出版バイアス・アンケートの報告バイアスといった「系統的誤差」があるものが複数見受けられるわ。

もちろん、全く無意味とは言わないわ。「相関関係はあるんだなあ。」ということが、より確からしく分かったわね。でも、「性的表現との接触が①~④を引き起こしている。」という因果的な解釈は不可。

よって、

Paolucci, et al.は、「結論は明白で、且つ、ぶれがない」とした上で、「ポルノ影響に関する諸々の研究結果が示していることは、ポルノグラフィーが暴力や家族機能に影響を及ぼすか否か、という論点を超えて、その次の段階に議論を進めるべきだ、ということである」と述べている。
渡辺『性的有害情報に関する実証的研究の系譜』(2012)

駄目よ。

前に「家にある灰皿の数と、肺がん罹患率に相関関係があっても、因果関係とは言えない」って話をしたでしょう?

あなたがやったのは、調べる家の数を増やしただけだわ。1000世帯対象の調査だったら相関関係に留まるけれど、10万世帯対象の調査だったら因果関係だと言えるようになる――なんてことは「無い」わ。

要は手法の限界なのよ。アンケートを作って、回答と回答の間の相関関係を調べる手法は、単に数をこなすだけでは因果関係の立証にたどり着けない。そこにたどり着くのはRCT(ランダム化比較試験)や十分なサンプルサイズを持ち、因子不足や系統的誤差の問題を排したロジスティック回帰分析等よ。46の論文をメタ分析した当該研究は、因果関係まで明確に示した内容とは言えないわね。

――ただし、性的表現と性犯罪・性暴力率の間を調べるために、前者のRCTは実施できないでしょう。
(つまり現実的な統計解析手法は、「注意深い」ロジスティック回帰分析にほぼ限定される。)

もしも、この問題についてRCTをやるなら、こんな感じよ。

まずランダムにたくさんの人を集めて、それをまたランダムに2つのグループに分ける。そして、1つ目のグループには、被験者の好き嫌いに関わらず、強制的に性的表現を見せる。また、2つ目のグループには、被験者の好き嫌いに関わらず、絶対に性的表現を見せない。

この上で比較をやって、1つ目のグループで有意に性犯罪率・性暴力率が高まったら、それは因果関係だと言えるわ。

なぜなら他に影響しうる因子は――家庭環境とか収入とか学歴とか身長とか体重とか全部ひっくるめて――「ランダム化」で相殺されてるから。2つのグループ間の差は、「性的表現に触れているか、触れていないか」しか残っていない。であれば、結果の差(性犯罪率・性暴力率)は、性表現と触れるかどうかの差でしか説明できない。よって因果関係が立証できる。

新薬開発とかだと、「本物のお薬を投与したグループ」と「ダミーのお薬を投与したグループ」で、まさにRCTをやるんだけど――性的表現で同じことをやるの、合意取った上でなら不可能じゃないけど(どちらのグループに入るかは選ばせないわ。それを許すと選好因子が入るから。)、相当キツいのだわ。

さあ、次へ行きましょう!

暴力的な性描写を見た子供は、そうでない子供より6倍も性的な攻撃行動をとる?

続きはこうなっているわ。

近年も、Ybarra et al. (2011)が10歳~15歳の男女を対象に、「暴力的な性描写の視聴経験」と「性的な攻撃行動」との関連性を調べた。それによれば、暴力的な性描写を見たことがある子どもは、見たことがない子どもよりも、性的な攻撃行動をとった経験が6倍も高い。
渡辺『性的有害情報に関する実証的研究の系譜』(2012)

まず「経験が6倍も高い」っていう日本語が気になるけど……。「経験」って高い・低いで表すものだったかしら? たぶん「性的な攻撃行動をとる割合が6倍も高い。」でしょうね。

ともあれ、Ybarra(2011)の論文をゆっくり召喚するわね。
この人は性表現と性的攻撃行動というジャンルでは有名人で、英語も含めどの総説論文にも出てくるわ。この2011年の論文もたくさん引用されてるわね。

これはかなり力の入った論文で、なんと1577人の10~15歳の児童を集め、初期調査・1年目調査・2年目調査・3年目調査と追跡までしたわ。かなり大きなプロジェクト研究ね!

しかも、他の研究だと見落としがちな因子、つまり経済状態・親子の学歴・家庭環境(特に暴力等がないか)・お酒を飲んだりドラッグをやったりしてないかも調査したわ。

これは素晴らしいことよ! 

性的攻撃行動の発生率と、ある要素X(【性的表現】、また経済状態、親子の学歴……)との間に相関関係が示されても因果関係があるとは言えないけど、もし相関関係がなければ因果関係もないだろうとは言えるわ。
(少し乱暴なまとめ方だけどね。)

つまり、「性的攻撃行動の発生は、結局、貧乏かどうかじゃないか?」とか「結局、家庭環境が悪いかどうかじゃないか?」といった批判については、この調査で原理的には潰せることになるわね!

そう、原理的には……。

ええ、じゃあ得られた結果のテーブルで、特に重要な部分だけ取り出すわね。

ちなみにテーブルは全部で4つあるんだけど、どれもさっきのURLから見られるから、全体が確認したい人はそっちに行ってちょうだい。

まず1つめのテーブルね。

画像6

Ybarra et al., 2011より引用(書き込みは引用者による)

右上から行きましょう。
Wave1は「1年目」という意味だから、あんま気にしなくていいわ。

そして、"No sexually aggressive behavior"は「性的攻撃行動を取ってない子」ね。それが全体の96%で1510人だと。
その右の"Sexually aggressive behavior"は、もちろん「性的攻撃行動を取った子」よ。それが全体の4%で67人。


…………ん?

…………………………?


全体の96%は問題なし!? 問題あるの4%だけ!?

つまり、一番調べたい対象の「性的攻撃行動を取った子」は"67人"しかいないじゃないの!? 

……これでこの論文に対する、最も根本的な批判は終わりなんだけど、一応中身を見るわ。

興味ない人は、次の見出しまで飛ばしてもいいわ。(※本当に飛ばして良い。ややこしい計算などをするわ……。)

まず、数値に記載ミスない?

画像9

Ybarra et al., 2011より引用(書き込みは引用者による)

右下に「43%(22)」ってあるけど、全体67人のうち22人なら、43%じゃなくて(22/67)*100 = 33%だし、43%の方が正しいなら、人数は67*0.43 = 29人だわ。

いや、でも縦で合計すると、28%+29%+43%=100%ね。そんで、23+22+22=67人にはなるわね。

これ、どうなってるの? 
なぜ「29%(22人)」と「43%(22人)」が同居してるの? 

意味としては、「Sexual violence victimization (online)」=「オンライン上で性的暴力に晒されたことはありますか?」という設問に対して、

「None」=「全くない」と答えたのが23人、
「Sometimes」=「ときどきある」が22人、
「Monthly or more often」=「毎月またはより多く」が22人、

って意味よね。

一個左の列の"No sexually aggressive behavior"の列はパーセンテージと人数表記に齟齬ないのに、なんで"Sexually aggressive behavior"だと変わっちゃうの?

これ大丈夫!? 大丈夫なの!?

ま、まあいいわ……。

とにかく、「性的攻撃行動を取った子は67人」という数値だけ信じておくわね。そもそも性的攻撃行動を取る割合はとても低い。

この67人について、暴力的な性的表現に接しているか、そうではないかが最も重要なのよね。
(また比較対象として、1510人のほうに「暴力的な性表現によく接しているのに、性的攻撃行動は取ってない子」が多く含まれていないかも注意。)
次のテーブルに行きましょう。

画像9

Ybarra et al., 2011より引用(書き込みは引用者による)

パーセンテージと人数の対応がここでも不明だから、
一番上だけ見るわ。左から順番に、

「成人指定の性的表現に晒されていない」(81%、1276人)
「非暴力的な成人指定の性的表現に晒されている」(14%、227人)
「暴力的な成人指定の性的表現に晒されている」(5%、74人)


こういう意味ね。

パーセンテージをチェック。81%+14%+5%=100%でオッケー。
人数をチェック。1276人+227人+74人=1577人で、最初のテーブルと合計人数は変わってないわね。

(……一応、検算もしましょう。(1276/1577)*100 = 81%、(227/1577)*100 = 14%、(74/1577)*100 = 5%……うん。大丈夫そうね……。)

そして、6倍という衝撃的な数値が出る、最後のテーブル。

これが渡辺さん(2012)の言う暴力的な性描写を見たことがある子どもは、見たことがない子どもよりも、性的な攻撃行動をとった経験が6倍も高い。」に該当する箇所ね。

画像10

Ybarra et al., 2011より引用(書き込みは引用者による)

Odds ratio = 6.5、まあ6倍であると。
さあ、ここから少し面倒よ?

このOdds ratioが6.5というのは、こういう意味よ。

画像11

「性的表現を見ておらず、かつ性的攻撃行動を取った子の割合」(分母)と「性的表現を見て、かつ性的攻撃行動を取った子の割合」(分子)で比を取ると、6.5になると。

じゃあ上の式のそれぞれの項目の具体的な人数ってそれぞれ何人になるの? という話になるんだけど、これ、本文にも表にも書いてないから、こっちで計算する必要があるわ。

というわけで、計算するわね。
(※計算を見ると気持ち悪くなる人は飛ばしてね!!!)

画像12

上から順にいきましょう。
「性的表現を見て、かつ性的攻撃行動を取った子」は一旦「x」と置くわ。分からないから。
次の分母の「性的表現を見た子全体」は227人と74人の合計で301人。
「性的表現を見ておらず、かつ性的行動を取った子」はこれまた分からないから一旦「y」と置く。
分母の「性的表現を見ていない子全体」は表にある数値そのまま1276人ね。

そして、xとyの値は不明だけど、合計人数は67人よね。
つまり、x+y=67であると。

だったら連立方程式で解けるわね!
計算過程は省略するとして、こうなる!!

画像13


だから何だってのよ……。

結局、67人中の41人と26人の差を「6.5倍」なんて言ってみせているに過ぎないじゃないの……。正当に導かれた数値ではあるけれど、そもそもの「性的攻撃行動を起こす」率の低さがイメージ上、過剰になってしまうと思うわ。

【2021年9月23日追記】
nekojitaさんから、次のご批判を頂戴し、また最初にも述べた通り、上の文章も初期バージョンからは修正を加えてあるわ。

当該論文の結果のように、p値が十分に低い場合、相関関係についての再現性は十分にあると考えられ、ゆえに(初期バージョンにあった)「2回やれば結果が変わりそうだ(=再現性はなさそうだ)。」は妥当な反論ではなく、また「Odds ratioが6.5倍だった。」という数値を否定することもできない。(t検定をやれば「6.5倍」がサンプルサイズによる偶然誤差によるという可能性は除去できるし、実際にされている。)

初期バージョンの誤りは、ぱちぇがロジスティック回帰分析をちゃんと理解できていなかったせいね。

正当な反論方法としては(未検討の因子の存在の検討は当然として)「系統的誤差を疑い検証すること」が適切ということで、これに合わせて内容を修正したわ。
ありうる系統誤差については、KeKさんが次のものも述べていらっしゃったから、こちらも併せて紹介させていただくわね。

nekojitaさんとは他の点でも議論を行ったので、この記事と併せてTogetterまとめをご参照頂ければうれしいわ!(いつもこのレベルの議論がしたいわね……。)

言い方によって与えるイメージの問題

飛ばしてきた人はここよ! ぱちぇはここにいるわ!! ゆっくりできない計算のお時間は終わりよ!

じゃあ、もっぺん、渡辺さんの言葉を引用するわね。

近年も、Ybarra et al. (2011)が10歳~15歳の男女を対象に、「暴力的な性描写の視聴経験」と「性的な攻撃行動」との関連性を調べた。それによれば、暴力的な性描写を見たことがある子どもは、見たことがない子どもよりも、性的な攻撃行動をとった経験が6倍も高い。
渡辺『性的有害情報に関する実証的研究の系譜』(2012)

これ、中身を検討した結果、「言い方の問題」よ。

渡辺さんの書き方をまとめるとこう。

①「Ybarra et al.(2011)は、暴力的な性描写を見たことがある子どもは、見たことがない子どもよりも、性的な攻撃行動をとる割合が6.5倍も高いことを示した。」

まあ嘘ではないわね。嘘ではないんだけど。
でも、実際のデータを見れば、こう書いてもやっぱり別に嘘じゃないわね?

②「Ybarra et al.(2011)は、暴力的な性描写を見る・見ないに関わらず、96%の子どもは性的な攻撃行動をとらないことを示した。」

あるいは、こう書いてもいいでしょう。

③「Ybarra et al.(2011)は、1577人の子どもを調査した。その中で性的な攻撃行動をとった67人のうち約4割(26人)は、特に暴力的な性描写など"見ていない"子どもだった。」

②・③の言い方をしたって、科学的に間違った記述ではないわ。
完璧に正しい引用よ。

でも、受ける印象はずいぶん違うわね?

もちろんYbarraさんとしては、②③は「非常に不本意な言い換え」にはなるでしょう。けど、科学的・論理的に妥当な範囲での「言い換え」は、「科学的・論理的に妥当ではない。」と示せない限り、必ず受け容れざるを得ないわ。

また、こうした言い換えは、「多角的な検討」そのものを構成する本質的な要件よ。
「この食品にはレモン100個分のビタミンCが含まれている。」という主張に対して、「それって実際にはビタミンCが何gなの?」と問うのは正当な質疑よ。
たしかに商売する側としては、ぱちぇが計算して「それは結局、ビタミンCがXg含まれることを意味する。」と言い換えたのを聞いたら、とても不本意で、嫌に感じるでしょう。
でも、計算さえ間違っていなければ、取り下げてあげる必要はないのよ。むしろ、ここで「商売する側の気持ち」を重んじて「妥当な言い換え」をルール違反だとしてしまうと、科学的議論の健全性を損なうわ。

特にこうした「6.5倍!」のような目立つ数値は、学問の世界からマスコミによって「一般世間」に持ち出されると一人歩きを始めるわ。「6.5倍! すごく危ないんだ!」ってそんな感じに。普通の人は、「1倍は何%か?」というのは意識にさえのぼらない。
その時冷静になってもらうために、「それは1500人の調査で、そもそも問題行動を起こしたのは60人程度だったんです。」「しかも、その60人のうちの4割は、性的表現と関係なく問題行動を起こしていました。」と伝えるのは、世間を間違った方向に行かせないためにも大事であり、この情報を伝えていくのは、むしろ社会に対して「誠実な」振る舞いよ。

「悪影響がある」派に対する批判方法のまとめ

渡辺さんの総説論文ですら処理しきれてない(まだ前半のほう)んだけど、そろそろこの記事の文字数が1万字になるのだわ。

そして、前半でこの調子だから、残りも正直「アレ」な状態よ。

ぱちぇは、他にも複数の「悪影響がある派」の論文を読んでいるのだけど、基本的には次の3つを念頭に入れておけば大丈夫よ。やっつけられるわ。

1.相関関係でしかなく、因果関係の立証に至っていない点を指摘する。

2.やたらと「若者を取り巻く性的に過激な状態は深刻だ!」というわりには、性犯罪率・性暴力犯罪率などの時系列推移データを出さないことを特に意識し、うっかり話に乗らないようにする。

3.ショッキングな数値(例:6.5倍!)は、よく中身を検討し、割合と絶対値は特に両方確認するべきである。

本当に全部いけるわ。

おわりに


それじゃあ今回の更新はここまで!

よろしければ、スキ&シェア、そしてTwitterのフォローをお願いしたいのだわ!

あとnekojitaさんとの議論はぜひとも参照してほしいわ! さらに刃を研ぎ澄ませましょう!

最後に有料部分を設定しておくわね。
先に言っておくと、「ゆっくりありがとう!」というお礼メッセージが表示されるだけなのだわ。

「いちいち全文読むのと、計算、大変でしたね……。」と思ってくれた方はちょっとカンパしてもらえると嬉しいのよ!
(取り上げた部分以外も読んでるのよ……。)


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