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『与えられた寿命』〜思考実験的短編小説#1〜


ーーまずはどこから話そうか。僕が幾多の並行世界を覗いてきたという話は前にしたよね。え?まだその話を聞いていないって?じゃあその話はまた別のどこかに存在するんだろう。いつか君も目にすることになるんじゃないかな。とりあえず重要なのはwhyではなくwhatだ。僕がどうやってあらゆる並行世界を体験できたのかではなく、僕が実際に何を見てきたのか。それが重要だ。僕が今から話すのは、僕たちが今いるこの世界が「そうだったかもしれない」世界の話。もしくは「そうなるかもしれない」世界の話。要は、無限にある可能性の一欠片だね。僕には「無限の可能性の世界」の話を、こうやって語ることが義務付けられている。なぜ義務付けられているかは重要ではない。まぁそれもそのうち明らかになるんだろうけどね。

ーーさて。今日話したいのは『人から人へ寿命が与えられる』世界の話だ。「寿命」が「与えられる」ってすごく変な表現だろう?神様が寿命を与えてくれているという意味ならまだしも、普通、人が人に寿命を与えるというのはおかしな表現だ。でも、僕が見たその世界では、言葉通り「人が人に寿命を与えて」いた。どう説明していいか難しいんだけど、出来るだけ伝わるように努力してみるよ。

ーーその世界はね。きっと、僕たちの世界よりも少し未来の世界だと思う。僕がその世界に「居た」とき、年号をはじめとする時代がわかるような情報を確認することができなかったから、あくまでも「思う」だけどね。だから、その世界は現代よりもよっぽど進んだテクノロジーで彩られていたんだ。まず注目すべきは医療の発展だね。詳しいことは全然わからないんだけど、どうやら「再生医療」とか「遺伝子治療」とか「テロメア」なんちゃらとか。とにかく、医療の発展によって人間の寿命を実質無限に延長できるようになってたんだ。人は病気や寿命では死なない。となると、普通に考えたら死因の多くは事故死のような突発的なものになるはずだよね。ところがどっこい、その世界では事故死もほとんど無くなっていたんだ。これはひとえに科学技術の発展の賜物だね。テクノロジーの発展によって「事故」なんていう前時代的な代物は消え失せてしまった。事故の原因となるものはすべて事前に察知されて、その可能性を取り除かれる。少し先の未来の出来事を予測する技術も、その予測が要請する処理を実行する技術も、今とは比べようもないレベルに達していたんだね。だから、人は事故で死なない。

ーーそうすると、人は何で死ぬことになると思う?
そう。一つは自死だ。どうやら自死に関してもテクノロジーの面から改善を試みたらしいのだけれども、完璧にはうまくいかなかったみたいだね。同時に、寿命が圧倒的に伸びたその世界では「自死」というものの価値が、僕らの世界のそれとは全く違う意味を持っていたんだ。過去には「自死権」を巡って大規模なデモも行われたらしいよ。「彼ら」の感覚は僕にはよくわからないけど。とはいえ、自死の数はそこまで多くない。僕たちの世界においての自殺者数は10万人あたりの人数でいうと、アメリカで14人・イギリスで7人・日本で19人などになるけど、その世界での自死率は5を切っていたらしい。それでもすごい数の人が自ら命を絶っていることになるんだけどね。

ーーでも、その世界においての死亡原因の大半は自死ではないんだ。もう一つの死亡理由から見ると自死は些細なものだよ。誤差といっても良い。もっともこういう言い方には棘があるのかもしれないけど。その世界で人が死ぬとき。その原因のほとんどは「処理」だ。つまり、人間組織の主導によって殺人が行われるわけ。これについてうまく説明できる自信がないんだけど、出来るだけ頑張ってみるよ。

ーーまず、少しだけ時代を遡ろう。もっとも、時代を遡っても、多分それは僕らの時代よりも未来の話なんだけどね。まずはじめに医療の進歩があった。人間の平均寿命は鰻登りに向上していき、多くの人が100年以上生きるような、そんな時代がやってきた。こうなると問題は人口の増加だ。僕が見た資料によると、一時期人口が150億人近くまで膨れ上がったみたいだね。そして、仮に人間の寿命が無際限に増えていくと仮定すると、将来的に地球の人口は300億人を超えてしまう。それは、テクノロジーの発展によって賄える総エネルギーを優に超えてしまう増え方だったわけ。そこで世にも恐ろしい法案が世界的に検討されるようになったんだ。それが「人口維持法」。簡単にいえば、200歳を寿命の限度とし、200歳に達した時点で強制的に専門機関によって該当者は「処分」される決まりだ。おぞましいでしょ?

ーーでも、この法案が成立しちゃったんだ。理由はいくつかあると思うけど、一番大きかったのは「該当者が存在しなかったこと」だと思う。当時200歳近い人間がまだいなくて、寿命が急激に伸び始めた世界において、長寿の人でも130歳とかそのぐらいだったらしいんだよね。科学的な予想では「近いうちに人間の寿命は200歳を超える」とは言われていたものの、それを自分ごとのように感じる人が極端に少なかった。少なくとも、それは自分たちの次の世代以降の話だと、誰もが思ったんだろう。自分以外の人間の損失は、それが自分の子孫の話であってもどこか他人事に感じられちゃうのが人間だ。実際は自分たちがその該当者になってしまうんだけどね。まぁそのぐらい急激な医療の進歩だったということなんだ。そういう意味で、そのタイミングで法案を通そうとした人たちは頭が良いよね。多分、10年遅ければ絶対にこんな法案通らなかったんだから。

ーーだけど、その頭の良い人たちの考えには、一つ大きな穴があったんだ。
彼らはこう考えたはず。テクノロジーの発展スピードを鑑みるに、200歳という寿命制限を設ければ、それに対応した人口増のエネルギー需要を十分に賄える。当時から地球外への移住計画も始まっていたみたいだから、その辺りの目算もあったんだろうね。でも、それは大きく間違っていた。彼らは「生殖年齢の延長」を考慮できていなかったんだ。まぁ彼らを責めることはできないかな。だって、法案が作られた当時「生殖年齢の延長」は「寿命の延長」よりも難しい課題だとされていたんだからね。だけど、それから数年後に大きなブレイクスルーがあり、人間は生きていれば常に生殖ができるような能力を手に入れてしまったんだ。これは大変なことだよ。仮に200歳という寿命制限があったとしても、200歳って言ったら10世代分だ。10世代分生が続きながら、それぞれの人間が子孫を増やし続けていく。ねずみ算どころの騒ぎじゃない。事実、生殖に関するブレイクスルーの後、人口はそれまでになかった勢いで増加していった。平たく言って「200歳で人生終了です」では、人間社会という家計を維持することができなくなってしまったんだ。

ーーそこで「人口維持法」の改定案が提出された。これは、元の法案よりももっとおぞましいよ。改定案では、200歳という寿命のカウントにおいて、本人の寿命だけでなく子孫の寿命もカウントされることになったんだ。例えば本人が100歳だとして、子供が50歳、孫が2人いてそれぞれ26歳と24歳。この場合、自分と子孫の年齢の合計が200歳になるから、100歳のおじいちゃんはゲームオーバーだ。専門機関(人口維持局という名前らしい)によって処理されちゃう。人口が増えるたびに、既存の人間の寿命が相対的に減る。なんというか、すごくよくできた法案だよね。これ、褒めてないからね。

ーーで、この法案も(「すんなり」とはいえないけど)可決されちゃったんだよね。僕がその世界で知り合った学者さんの解釈を援用すると、この法案が可決された理由は「多くの人が『自分は子孫を作らない』と考えたから」らしい。確かに子孫を作らないのならば、それまで通り200歳まで確実に生きられるわけで、そういう意味では法案の内容が変わっても関係ないよね。「すでに存在する子孫の年齢は加味しない」という但し書きも、法案が通った大きな理由だと考えられるかもしれない。まぁでも、僕はその解釈に疑問がある。どちらかというと、当時はその法案に縋らないといけないぐらい生活が厳しかったんじゃないかな。実際に、当時を知る人の話をいくつか伺ったんだけど(もちろんその人は200年近く生きている人だ。さすがの僕もそれだけの年長者には「伺った」と謙譲語を使ってしまう)それはまぁ地獄みたいな世界だったらしいからね。どこを見ても人・人・人。特に日本なんかでは「田舎」という概念が消滅するぐらい人で溢れていたみたい。それぞれの人たちに「どうにかしないと」という気持ちがあったんだろうと思う。
まぁこれが「人が人に寿命を与える世界」の馴れ初め。

ーーこれは余談なんだけど、その世界ではテクノロジーによって格差が埋まることはなかったんだ。そうだな。今の世界での金持ちとそうでない人の割合が1:99だとしたら、その世界での割合は1:9999みたいな感じかな。それで至極限られた金持ちたちは、200歳を超えても生き続けるために電脳世界での生を精力的に模索していたみたい。一部その技術は完成していて、200歳を超えた金持ち(もしくは子孫との合計で200歳を超えた金持ち)はこぞって電脳の世界に自分の脳をペーストしていたんだ。僕も、ペースト後に電脳の世界で生きている元金持ちと話をする機会があったんだけど、なんら不自然なところなく会話が成立したんだよね。あれはすごかったなぁ。でも、あれって生きていると言えるのかな。そこに意識はあるのかな。まぁこの余談は要らなかったね。

ーーここからが一番話したかったところだ。そんな世界において、人々は子孫を残すだろうか?君はどう思う?聞き方を変えた方が良いかな。もし君がその世界の住人だったとして、君は子孫を残そうとするかな?

ーー結論からいうと、その世界の人たちは普通に子供を作っていた。もちろん、全員がというわけでもないし、出生率はこの世界のそれとは比べようもなく低下しているんだけど、それでも子供を産む人は後を絶たなかった。そうだな。これはあくまでも体感だけど、10人に1人は子孫がいるような、そんな感じだった気がするよ。当時、これにはびっくりしたね。だって、その世界において子供を産むという行為は、自分の寿命を消費するという行為とイコールなんだ。少なくとも僕にはそれが理解できなかった。僕だったら、絶対に200歳という寿命を自分のために使うだろうから。

ーー僕は、自分の寿命を消費してまで子孫を残そうとする人々のことが気になって仕方がなかった。そこで、いろんな人に話を聞いたり、その話を自分の中で反芻してみたり、しばらくずっと思い悩んでいたんだ。
ある人はこんなことを言っていたね。「ただ200年生きる人生になんの価値があるのか。私は寿命という鎖に縛られたくない」
またある人はこんなことを主張した。「生物の本質的な存在意義は子孫繁栄である。私はその本能に従っているだけだ」
確かに。と感じるところもあるけど、納得はできなかったなぁ。

ーーまた余談。その世界でいろんな人の話を聞く中で、気づいたことが一つあった。それが「子孫がいる人」と「自死を考えている人」の言説に共通点が多かったことなんだ。どちらの人たちも、どうやら「人間としての尊厳」を重視しているように見えた。寿命を与えられ、それに従って生きるという生き方に人間の尊厳を汚されているような感覚を抱く人たち。いつの時代も「人間の尊厳」を叫ぶ人はいるけれども、僕が見たその世界の一部の人たちは、特にそれを大事にしていたような気がするな。僕から言わせれば「尊厳」なんて勘違いの一種でしかないんだけどね。この余談も要らなかったかもね。

ーーそうこうして考えている中で、はたと思ったことがあったんだ。その世界の人たちは自分の「寿命」を犠牲にして子孫を残している。それだけを見ると、何やら異常なことのようにも思えるんだけど、果たして本当にそれって異常なのだろうか。だってさ、僕らの世界において子孫を残すということも、それに似たような行為だと思うんだ。もちろん、この世界で子孫を残すことは寿命を消費することとイコールではない。(多少その要素はあるかもしれないけど)でも「子孫のために自身のリソースを消費する」という意味では、どちらの世界でも同じことをしているように思う。例えば、子供ができれば自分の自由な時間が減る。それは自身のリソースを子孫のために割り振る行為であって、間接的には自分の寿命を構成する時間を消費していることになるんじゃないかな。だから、僕が見た世界で子孫を残す人たちが異常なのだとしたら、この世界で子孫を残す人たちも等しく異常だということになる。もしくは、どちらも異常ではなく、普通のことをしているだけか。まぁ「異常」という概念も勘違いでしかないんだけどね。

ーーそうそう。その世界には面白い宗教団体があってね。「クロノス教」と呼ばれる団体なんだけど、彼らは「時間」という概念からの解放を求めていたんだよね。寿命に制限がついたことで、その世界では「時間」が消費物になってしまった。いや、正しくは「消費物であるという感覚が強くなってしまった」だね。だって、僕らの世界においても時間は消費物以外の何者でもないんだから。人々はある意味「時間」という概念を低次化して、とても現実的な概念として扱うようになっていたんだ。想像してみてごらん。今よりももっと「時間」が消費物になってしまった世界を。それはまさに、常に目の前でカウントダウンタイマーが回っているようなそんな世界だ。そんな苦しさに耐えきれなくなった人たちが集まって、「時間」というやりきれない概念から解放されようとしたのが「クロノス教」なんだろう。これはもしかしたら「子孫を残す人」や「自死を選ぶ人」と同じように「人間の尊厳」を取り戻そうとした行為の一端なのかもしれないね。

ーーはて。僕は何を喋りたかったんだっけ。喋りたいことを喋れたような気もするし、全然要点を伝えられなかった気もするけど、まぁ良いか。
今日の話は、僕が今までに見てきた3万を超える並行世界のうち、たった一つの世界の話だ。その世界だけを見るとすごく特殊な感じがするけれども、僕から言わせるとまぁ普通の世界の話だね。もっとひどい世界は他にいくらでもあったから。最初に言ったとおり、僕には自分の見てきた世界について語ることが義務付けられている。とはいえ、僕には今居るこの世界が僕が居るべき本当の世界なのか、はっきりと確信できないんだけどね。もし、僕がまだこの世界に存在するのなら、きっとそのうちお目にかかれると思う。そのときはまた、僕の要領を得ない話に付き合ってくれたら嬉しいな。




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