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【短編集】short×3

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極めて短い短編集
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記事一覧

【短編】わすれもの _Simplicity of the world, Complexity of the life. 092

 冷たい酸素が肺胞を満たす。勾配のきつい坂道の先にレンガ造の正門が見えた。受験生たちが血…

倉光徹治
3か月前
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【短編】「焔書夜」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 091

 那津美がそのニュースに触れたのは、ある秋の下校時。電車に揺られながらNHKFMラジオの6時の…

倉光徹治
8か月前
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【短編】「モノモライ」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 090

 私が診察室でベルトを緩めパンツをすこし下げシャツをめくり上げると、女医は私の下腹部をし…

倉光徹治
4年前
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【短編】「紺碧」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 088

 少年は空を眺めていた。  真っ白な空だった。  朝になると文字通り真っ暗な闇が晴れ、空…

倉光徹治
4年前
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【短編】「1-1=」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 087

   算数の授業中、ぼくは定規でノートに線をひいたら、鼻水が止まらなくなった。  熱もあ…

倉光徹治
4年前
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【短編】「森の中で」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 086

 森の中を歩いていたら熊に出会った。  立てば2メートルはゆうに越えるほどのヒグマだった…

倉光徹治
4年前
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【短編】「料理と絵画」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 085

 うさぎは料理が得意だった。  旬の野菜を新鮮なミルクでつくったチーズと一緒にオーブンで焼くグラタンをリスやキツツキたち、山の仲間に振る舞うと、みな喜んでくれた。  かめは絵を描くのが得意だった。  素早く対象物の輪郭を把握し、正確なデッサンを完成させ、そこから自在にカタチを抽象化し絵の具を丁寧に置いてゆく作業が彼の心を落ち着けた。何度か地域のコンクールに入賞もした。  そんな二人は勝負をしていた。徒競走だ。山の頂上まで一秒でも早く着いた方が勝ちだった。  勝負には

【短編】「赤信号」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 084

 都心のオフィスビルで打ち合わせを終えた私は地下駐車場に停めた自分の車のエンジンをかけた…

倉光徹治
4年前
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【短編】「象の話」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 083

 6歳の息子が、パパ、あしたがっこうに行きたくない、と言った。  日曜日の夕方、二人で市…

倉光徹治
4年前
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【短編】「烏たち」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 082

 僕は前世、烏だったことをまだ彼女には言っていない。  木の上から人間たちを見ていた。 …

倉光徹治
4年前
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Simplicity of the world, Complexity of the life. 081

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倉光徹治
4年前

【短編】「肉球」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 080

 ねえ、キスしたことある?と、ネコが聞いてきたので、ボクはない、と答えた。    でも少…

倉光徹治
4年前
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【短編】「影」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 078

 炎天下。公園でベンチに座っていたら影が話しかけてきた。  大学を卒業してそれなりの就職…

倉光徹治
5年前
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【短編】「第六穴結合症」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 077

これから起こる出来事がなんとなく分かるようになってしまった。  二限目の表象文化論を聞いている時に気づいた。僕は明らかにこの授業をどこかで受けている。この単元はすでに修学しているのになぜ僕は今この講義を聞いているのだろうか。いや、僕は一体なぜこの学問のおおよその体系を理解しているのだろう。  この授業という小さな事象だけではない。このあと起こるおおきな社会的な事件や僕自身のこの後の人生まで、なぜだか分かっている。僕はこの教養学部で一年留年したのち、小さな出版会社に就職する