枝

過去から未来を夢想する


 伝わるかどうか分からないが書いてみる。
 過去を思い出す。床につき眠りに落ちる前が良い。できるだけ古い記憶を遡る。だいたい子供の頃だ。今から何十年も前のこと。エピソードを思い出す必要はない。空間を思い出す。自分の部屋や、家族といたリビング、学校の教室や、よく遊んだ公園でもいい。その場にいることを思い出す。自分の部屋であるならば、どんなポスターが飾ってあったか、とか、本棚にはどんな本が並んでいて、棚にはどんなモノがおいてあったか。ベッドカバーの模様や電気スタンドのデザイン。机に置かれている当時のおもちゃなど、モノのディテールをできるだけ思い出す。その場にいるような感覚をつかむ。そして時代の空気を思い出す。その時代の風俗や流行。映ってはいないが、そこにテレビがあるならば、そのブラウン管に映されていたテレビ番組。ラジカセがあるなら、そこからかかっていた流行歌。窓を開けた時の空気。当時住んでいた街の空気だ。海が近い。潮の香りのする潤った空気の中に焼けた排気ガスが混ざった時代の匂い。窓の外の風景、シルエット。絨毯の踏み心地。子供の頃なら、当時の友達たち。明日の予定。いつもの日常を思い出し、その日に帰ってみる。その感覚に慣れてきたら、その部屋でしばらくじっとする。
 そして、その空間に馴染んだときに、その部屋から未来を思う。
 その先に起こることを知っている。当たり前だ。社会を揺るがす大きな事件や、自分の人生。これから起こる未来のことを夢想する。預言者的なものに陶酔するのではない。否応無く動いてゆく世界のうねりのようなものを「反対側から」見るだけだ。とても不思議な気持ちになる。
 そして、その日以降に出会う人々、その時代には生きていた人、その全てに対して愛おしい気持ちになる。別れることが分かっている人もいる。今はいない人もいる。出会っていない人、かならず出会う人もいる。その全ての人に尊さを感じる。その頃にはきっと眠りに落ちていると思う。そこで見たものは夢なのか、夢の延長線としての今日なのか、それは分からない。

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