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天井の猫

 子供の頃、両親が共働きだったので、祖父の家に預けられていた。

 生まれてから3歳までの短い間だったが、その家での出来事が原体験になっている。

 祖父の経営する小さな木造アパートの二階に両親は部屋を借りていた。日中は仕事に出ていて、夜に帰ってくると幼い私を交えて、祖父と祖母、その家に暮らす母方の叔母三人と両親を加え、八人で夕食を食べた。就寝時間になると両親はアパートへ帰り、私は二番目の叔母の布団で寝ていた。毎週木曜日の九時から放送されるクイズ番組を見ながらまどろんで寝るのが週に一度の楽しみだったのを覚えている。

 四歳になるかならないかの頃だと思うのだが、寝床に入って電灯を消した後、しばらくすると、真っ暗な部屋の中に動く影を見つけるようになった。

 しばらく目を凝らすとそれはどうやら猫の影であるようだった。しなやかに動く猫の影は、横になって天井を見ている私の視界に入ると、縦横無尽に部屋の中を飛び回った。そしてしばらくすると、天井の四隅をとーん、とーん、と、なめらかに飛び回るのだった。私は不思議な思いで影を眺めた。怖いというわけでもなく、不気味さを感じるわけでもなく、どうして猫の影が部屋の四隅を飛び回るのだろう、という純粋な疑問を胸にしんとした真っ暗な部屋の木の天井を眺めた。猫の影は何かを語りかけるように、ある時は、私のことなどまったく気にもとめずに、天井の四隅をとーん、とーん、と飛び回り続けた。

 猫の影はしばらく毎夜現れたが、いつしか現れなくなった。その後、あの猫の影は一体何だったんだろう、という疑問が胸の奥に残り続けた。

 それから二十五年ほど時が経ち、私はひょんなことから猫と暮らすことになった。

 たまに思うのだが、あの時の影は、猫の神様がその後の人生において猫と関係する私へ挨拶に来てくれていたのではないか、などと思うようになった。

 そのことをたまに言葉を交わさずに我が家の猫に聞いてみるのだが、いつも彼女は知らぬ存ぜぬ、の顔で話をはぐらかす。だが、そのはぐらかし方がめっぽう思わせぶりなので、この予想は当たらずといえども遠からずなのではないか、と、思っている。

 すくなくとも今世において猫の世界と関係できてよかった、とあの時の猫の影、おそらく猫の神様には感謝している。



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