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LEICA M Monochrom vs SIGMA Foveonをやってみた。

Leica M Monochrom typ246(Leica Summicron M50mm F2 1st)とSIGMA dp2 Merrillで最強モノクロ専用変態カメラ決定戦をやってやろうじゃないか!ということで、やってきました初秋の海。

Leica M Monochromとは言わずと知れた白黒写真しか撮れないデジタルカメラ。存在理由すら理解できない大衆など目もくれずに、ドイツから送られた刺客であり資本主義の死角。
カラーフィルターを排しているので、ものすご〜くシンプルに光を白と黒に変換してくれるバカ高いカメラ。

SIGMA dp2 merrillは、Foveonという変態センサーを積んだこちらも大衆など歯牙にもかけない解像至上主義カメラ。
一般的なセンサーと違い、RGB3層垂直記録方式のため世界をありのままに写し取ることができる。その代償として、データが重くISOは400までが実用範囲で連写をすれば文鎮となりバッテリーは非SDGsな消耗速度を誇り・・・ともかく使いづらい。
まあ、要するにどちらのカメラも変態カメラとしか言いようのない代物であり、故にカルト的な熱狂を要するのだ。


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

そんな二台で海を撮る。
のっけからなんだが、SIGMA dp2 merrillはレンズ一体式カメラであり35mm換算45mm相当のレンズである。
手持ちのそれに近いレンズが、半世紀以上前のLeica Summicron M50mm F2 1stしかない。おまけにフードなし。
故に単純な比較レビューとして捉えることは推奨しない。
僕が言いたいことは、どちらの変態カメラにあなたが惹かれるのかという感性への(性癖への)訴えなのである。
そもそも、僕はスペックレビューは嫌いなのである。
この写真たちから放たれる誘惑の重力にもし引き寄せられてしまう方がいたのであれば、それは選ばれた変態ということの証左であるのだ。


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

すべてJPEG撮って出し、Leica MM 246は最低設定ISO320なので、絞り値等は全て多少違う。
個人的な感覚であると、Leica MMはなめらかな白と黒のグラデーションが魅力的である。
極白から極黒への流れるようなグラデーションの贅沢な濃淡を光で表現している。
レンズのせいもあり解像度は緩やかだが、極端な白飛びや黒潰れがなく、実際のその場の光の加減に近い描写である。

変わってSIGMA dp2 merrillは、JPEGですらこのコントラストとシャープさ、引いてはエグい解像度である。コンパクトデジタルカメラでこの描写はさすがである。
Foveonの凄みは立体感である。物体の質感、とくに硬さの表現が抜群である。
それが存在感のようになり、建築物や山や岩塊でその真価を発揮する。
カラーはメッチャクチャになるので、実質このカメラもモノクロ専用機として利用しているが、光の角度や光量の条件がハマれば予想を超える写真が撮れる・・・が滅多にないし、まだ狙って撮れる技量を持ち得ていない。


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

特徴としては、Leica MMは空気感、SIGMA dp2 merrillは立体感だ。
Leica MMは光と空気のまどろみを、SIGMA dp2 merrillは光を跳ね返す物体の質感を撮るのである。
普通のカメラとの違いは、モノクロ専用だからこそ撮れるまどろみのグラデーションであり、Foveonセンサーだからこそ撮れる混じりっ気のない質感であろう。


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

Leica MMは影のグラデーションが特に美しい。
潰れそうで潰れず、飛びそうで飛ばない、そんな階調豊かな描写である。
SIGMA dp2 merrillはこのコンクリートのザラザラ感の描写は写真を触ってもザラザラしそうである。


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

Leica MMは雲の濃淡が特に美しい。
なめらかな空気感がある。
SIGMA dp2 merrillの解像至上主義の真価はこの写真だろう。
埠頭の端までくっきり刻まれた線、目が痛くなる(笑)


Leica MM
SIGMA dp2 merrill

もうこうなってしまえば好みである。
モノクロ専用カメラやFoveonセンサーカメラを選ぶ段階で相当アタマの重要な場所にあるネジが吹き飛んでいることであろうからして、空気感と立体感、グラデーションと解像度、ニュアンスとコントラスト、これが比較対象であろう。

Leica MMはよく最新レンズで撮らなければ真価が発揮できないといわれる。おそらくモノクロになると、シャープさやコントラストがないと全体的に眠い写真になってしまうからだと思う。
しかし、空気感を撮ることを考えればオールドレンズこそ相性が良いと僕は思う。
カラーだと滲んだりぼやっとしたところも味になるかもしれないが(エモい?)、まどろみと濃淡のグラデーションを眠くならない程度に写し取ることができればそれこそこのカメラでないと撮れない写真となるはずだ。

SIGMA dp2 merrill、Foveonセンサーのモノクロはかなり被写体を選ぶ。
さらに光や環境も選ぶし、薄曇りでも三脚が必要な場合もある。
しかし、Foveonユーザーならおわかりだろうが、このカメラでしか撮れない写真があるのだ。
未だにFoveonを使っている人はその奇跡に魅了されているからだろう。
とくに解像度至上主義であるmerrillのモノクロはスペックを超えた凄みがある。
建築物や風景写真、そして金属、気ままなスナップではなくこれを撮るという明確な意志のある玄人向けのカメラではあるが、慣れてしまえば(諦めてしまえば)僕のように散歩スナップでも楽しめる。
Foveonのモノクロは、意識せずに撮った一枚が「うわっ!」となることもあるので、新たな可能性という名の沼に陥ることを楽しめる人向けでもある。


この変態カメラたちの饗宴、いかがでしたか?
モノクロ専用(Foveonは個人的に実質)のカメラを持つことの最大の利点は、『眼がモノクロ専用センサーになる』ことだ。
カラーで世界を見ながら写真になる景色を探し彷徨い歩くときより、ずっと選択肢が減る。
赤い花を見つけて撮ってみたが、モノクロだと花の個性は周りの雑草に埋もれてしまった。
カラーであれば、とりあえず撮っておく一枚だろうに。
モノクロの世界を歩くことは、諦めの境地でもあり、選択肢が多すぎる現代においてノイズの少ない環境を具現化できるのである。
そして光に敏感になる。
グラデーションがすべてのモノクロ写真において、光は量も角度も質感もかなり写真に影響する。
我々は如何に視覚情報を色に頼っていたかが理解できよう。
光に集まる夜光虫のように、光を撮るカメラであるLeica MMとFoveon。
これはまた楽しみが増えて仕方がない。


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