放課後城探部 二十三の城

私達は少し疲れたので博物館のお手洗いの近くにあるベンチに座って休憩していた。

訪ちゃんは私の隣りに座って足をパタパタしながらスマホで時間を確認するとすぐに私に向いて。

「うち博物館大好きやねん。ここだけやなくて殆どの博物館が好きやねんけど、この博物館は展示物がむっちゃ多いとかじゃないんやけどゆったりしてて見やすくって趣向を凝らしてて好きやわ。」

訪ちゃんはそう言うとあまり荷物を入れてなさすぎてぺたんこになってしまった学校鞄からコーラのペットボトルを取り出して一口飲むとケプッと可愛いゲップをした。

「そう言えば訪ちゃんと虎口先輩って凄く親しい姉妹みたいだけど、どう言う関係なの?」

こういう人間関係に割り込んだ質問ってあまりするのは失礼だとは思うけど二人の姉妹みたいな関係が羨ましくて、つい油断した隙きに私の心の言葉が口をついて出てしまっていた。

訪ちゃんは唐突な質問に一瞬『ん?』と思考を止めたが素早く

「二人は姉妹やで!」

と眩しいくらいの笑顔で返してくれた。

そっか・・・二人は姉妹だったんだ・・・

『えっ・・・じゃあ二人が名字が違うのはなんでなの、もしかして聞いちゃいけないことを聞いてしまったの?でも訪ちゃんは物凄い笑顔で答えてくれたけどそれはどうしてなの?』

私が頭の中で混乱しているとハンカチで手を拭きながらお手洗いから出てくる虎口先輩が不思議そうな顔で私達を見ていた。

私はなんだか気まずくって俯いてしまった。

「なあなあ、あゆみ姉、さぐみんが私らの関係が知りたいらしいねんけど教えてもええか?」

と訪ちゃんはまるで何事もなかったかのように虎口先輩に問いかけた。

虎口先輩は一瞬訪ちゃんが何を言ってるのか分からなかったらしくて少しだけ考え込んだが

「そうね、いつかはバレるかもしれないから言っておかないといけないわね・・・」

真顔になってそう言った。

『えっ・・・やだ・・・なんでこんな楽しい時間を過ごしていた時に私聞いちゃったの・・・!もしかして虎口先輩のお母さんとお父さんが離婚して、訪ちゃんのお母さんと再婚して・・・これ絶対聞いちゃだめなやつじゃない!ばかばかばか・・・!私の馬鹿!』

私は心のなかで自分の頭を自分でポカポカと叩いていた。

おもむろに口を開いた虎口先輩は

「城下さん、実は訪は私のお父さんの本妻さんの子供なの・・・私は父の愛人の子なの・・・」

重々しく話し始める。

私は自分が想像してたやつよりも、もっとひどい関係だったことを知ってついに現実でも頭を掻き毟っていた。

『だめじゃん!これ昼ドラが始まってるよ。アニメじゃないのに・・・現実なのに・・・』

「私の母は父が結婚する前に東京で交際していたんだけど、父が大阪の友人と不動産の会社を開業した時に大阪に引っ越してしまって、母とはそれっきり別れてしまったの。しばらくしてからよ、母がお腹の中に私がいることを知ったのは・・・」

さっきまで眩しい顔をしていた訪ちゃんもついに暗い雰囲気で俯いてスンスンと鼻をすすっている。

私は開けてはいけないパンドラの匣をなんの気もなしに開けてしまっていたことを知って動揺を隠せなくて体は小さく震えていた。

「母は私がお腹にいることを知って大阪にいる父に連絡を取ろうとしたけれど、開業したばかりの父はあまりにも忙しすぎて母の電話を折り返せずにいたの。あまりの忙しさに父は心を閉ざすようにがむしゃらに働いたけれどしばらくして大阪で忙しい父の心に寄り添ってくれる女性が現れたのよ・・・」

訪ちゃんは震える声でぽつりと

「それがうちのおかんや・・・」

話をすすめる先輩の目から光が失われていた。

「二人が結婚するまでにそれほど時間は必要なかった。その頃、母は居ても立ってもいられず身重の体で大阪に居たわ。父に新しい交際相手がいるなんて知らずに・・・そして・・・」

私はそこまで話した虎口先輩の言葉を遮るように

「見て・・・しまったんですね。」

と先輩に言わせまいと自然と口から出てしまっていた。

虎口先輩は静かに頷いた。

「母は諦めて東京に帰ってしまって静かに私を生んだわ。父が私のことを知ったのは私が4歳の頃よ、仕事がようやく落ち着いて気持ちに余裕が出てきた頃、ふと母に結婚したことを謝りたくて父は東京に帰ってきたの。」

先輩の言葉が止まった・・・昔のことを思い出して言葉に詰まってしまったのだろうか、この重苦しい空気の中からすぐにでも逃げ出したい気持ちに私は駆られていたが、でも聞いてしまった以上私は最後まで聞かなければならない、何故なら話させてしまったからだ私には最後まで聞かねばならない責任があるのだ。

訪ちゃんは私の隣でずっと小さく震えていた。

「父は私が生まれたことを物凄く喜んでくれたわ。でも同時に大阪にも家庭がある。父は大切な娘を女で一人で育てさせた事を深く悔いて私の事を認知して、東京に来た時には必ず私達母娘と過ごしてくれたんだけど・・・その時間は決して長くなかったわ・・・」

「えっ・・・」

私は先輩がこれから話すであろう出来事を予測することは簡単だった。

物凄く胸が締め付けられる感覚に私は襲われていた。

私は自然とスカートの裾を強く握り込んでいた。

「私が8歳の時に母が心労で倒れてしまって・・・母はずっと苦しんでいたの、大阪にいる父の本妻や子供を深く傷つけているんじゃないかって。」

訪ちゃんがその言葉を聞いて膝の上で作っていた拳で急に自分の太ももを叩いた。

『ドン』と言う音がまるで館内に響き渡ったような気がした。

「父は私を引き取り、大阪の家に連れて帰ってくれたわ。そこで初めて訪と出会ったのよ。私は針の筵のような生活を送ったわ。義母は差をつけまいと努力してくれていたようだけどやっぱり実子のほうが可愛いのは目に見えてわかるわ。私はよその子よ。訪もはじめは全然懐かなかった・・・」

先輩は顔を紅潮させ肩を震わせながら話していた。

訪ちゃんに目をやると訪ちゃんは既に涙を流していた。

「そんなある時、家族で長居公園に遊びに行ったの、訪ってやんちゃでしょ、だからその日もウロウロと駆け回っては両親に迷惑を掛けていたわ。そんな時、訪が足を滑らせて公園の広い池に落ちてしまったのよ。両親は大慌て、私も頭がパニックになってしまったわ。でも、もうこれ以上家族を失いたくない一心で無我夢中で池に飛び込んでいたの。このままでは二人共溺れてしまうわ。」

先輩の話に私はキュッと胸元で祈るように手を組んでいた。

二人は今私の側にいる・だから結末は分かっている。だけど私の胸の中に浮かんだ情景の中にいる二人に何とか無事でいてほしいのだ・・・

「ど・・・どうなったんですか」

私は息を呑んだ。

「私は無我夢中で訪を捕まえると二人で溺れそうになりながら藁をも掴む気持ちで手を伸ばしたの。私はどうなってもいいから訪だけでも助けたい。その一心が届いたのかしら私が必死に手伸ばした手を柵から身を乗り出した義母が危険を顧みず必死になって伸ばした手で掴んでくれたのよ。もちろん父が義母を支えてくれていた。私は薄れゆく意識の中でこれで本当の家族になれた・・・って思ったわ・・・」

私は我慢できずに嗚咽を漏らしていた。

涙は頬をつたいスカートを濡らす。

『よかった・・・幸せになれて・・・』

私は二人に訪れたであろう幸せを心のなかで小さく祝福していた。

そんな私の姿を見て訪ちゃんが落ち着かせるように肩に手をおいてくれた。

私は恥ずかしくて涙にまみれた顔を見せることを出来ずに俯いてしまった。

訪ちゃんが耳元で私に小さく囁いた・・・


「全部・・・嘘や・・・」


その瞬間私はショックのあまりにベンチから崩れ落ちていた。


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