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最近よく聞くキーワード「ナラティブ」についての理解が深まるナラティブ関連本おすすめ5選

私ごとで恐縮だが、拙著『ナラティブ・カンパニー 企業を変革する「物語」の力』が世に出てちょうど1年が経った。

もちろんこの本だけの影響ではないけれど、この1年で、日本でも明らかに「ナラティブ」への関心が高まっていると肌で感じている。

実は「ナラティブ」はいろいろな分野にまたがる概念で、先行研究の長い歴史があり、その定義や解釈は多岐に渡る。いろいろな分野とは、例えば行動経済学や教育学、臨床心理の分野。カウンセリング、企業の人事領域もそうだ。物語学(ナラトロジー)という領域もある。

『ナラティブカンパニー』はビジネス視点で企業の観点から書いたけれど、ナラティブは本来は広い範囲にまたがる概念だ。今回は、さまざまな分野におけるナラティブの理解を促進してくれる「ナラティブ本」を5冊紹介しよう。

『ナラティヴ・アプローチ』/野口裕二

まずは、野口裕二先生の編による『ナラティヴ・アプローチ』。なぜ最初にこれを紹介するかと言うと、本書が異なる分野のナラティブ研究の集合体になっているからだ。

本書で紹介される研究分野は実に幅広い。社会学、文化人類学、医学、看護学、臨床心理学、社会福祉学、生命倫理学、法学、経営学・・・と、まるで総合大学のキャンパスを目の前にしたようだ。

こう書くと、なんだかアカデミックすぎて難しそうに聞こえるかもしれないが、本書のオープニングとも言える冒頭の野口先生によるナラティブの説明は実にわかりやすい語り口となっている(多様な研究成果をまとめる意味もあるので、導入として意識的に平易に書かれたのかもしれないが)。

ナラティブという概念の網羅性を理解するには、とても良い本だと思う。

『ナラティブ経済学: 経済予測の全く新しい考え方』/ロバート・J・シラー

拙著『ナラティブカンパニー』の中でも取り上げた本書は、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・J・シラー教授が2019年に刊行。日本語版は2021年8月に発売された。

端的にいうと、本書は日本語版の副題「経済予測の全く新しい考え方」とあるように、マクロ経済の動きには、物語(ナラティブ)の力が影響しているという仮説で書かれている。

例えば、「特定の語られる物語」が歴史的に繰り返されるという事例。よく「新しい技術は雇用を破壊する」——最近だと「AIが仕事を奪う」と言われるが、昔、自動車が発明された時もそう言われたものだった。このように「新しい技術が雇用を破壊する」というナラティブが繰り返し人々によって語られ、経済に影響を及ぼしているというのがシラー教授の主張だ。

特徴的なのが、コロナ前に出た本であるにもかかわらず、シラー教授がナラティブによって経済が影響をうけることを感染症と結びつけている点だ。物語が普及していくさまが、完全に感染症の広がりと同じような曲線を描くと
解説している。

マクロ経済という大きな視点で書かれているが、ノーベル経済学賞を受賞した世界的に著名な経済学者が執筆したとあって世界中で注目された。

『ナラティブ研究ーー語りの共同生成 (やまだようこ著作集)』/やまだようこ

次は教育分野の書籍を紹介しよう。著者は京都大学名誉教授・やまだようこ先生で、専門は生涯発達心理学、臨床心理、ナラティブ心理学。本書はやまだ先生の著作集の中の第5巻にあたる。

やまだ先生は「ナラティブ」を独自の日本語「もの語り」で表現しており、「もの」をひらがなにしている。というのも博士によると、ナラティブという概念には、語られる内容そのものである名詞的要素も、動詞的要素「語る」という行為も含んでいるから、というのがその理由だ。

さらに本書によると、ナラティブは「語り手」と「聞き手」との間の共同生成によって生まれるものだという。僕自身が『ナラティブカンパニー』の中で、ビジネスの観点のナラティブを、企業と生活者が共に紡ぐ物語と定義しているけれど、ナラティブは「共創」されるものなのだ。

個人的に納得したのが、経験の編集作業をナラティブと呼ぶとしたところだ。本書の中の言葉を借りると、ナラティブを「経験を組織化し、意味化する行為」と定義している。人間は一般的に自分の判断で人生を歩み、それぞれに経験があるけれど、その経験が編集される行為がナラティブということだ。だから、一人ひとりにその人なりのナラティブがある。

例えば、「幼い時に両親が亡くなった」は変えられないファクトだけれども、「だから私はひとりぼっちだ」というナラティブと結びるけるか、「それでも私は一人でやっていける」というナラティブと結びつけるかで、その人のその後の人生の意味づけが変わり、ひいては人生を転換することになるということだ。

ちなみに本書は450ページほどの大著で専門書の類だ。けれども非常に読みやすく、村上春樹やスティーブ・ジョブズなど比較的馴染みのある話が出てくるので、いわゆる論文を読んでいる感じにはならない。ナラティブに興味のある人には是非おすすめする。

『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』/宇田川元一

さて次は、経営学者・宇田川元一さんの書籍を紹介しよう。副題からわかる通り、組織論の本だ。ちなみに、HRアワード2020 書籍部門 最優秀賞を受賞している。

表紙の真ん中には、本のタイトルとは別に「Dialogue and Narrative」とある。そもそもわかり合えない他人と、どのように向き合って問題を解決していくか。その実践がナラティブアプローチというのが本書の趣旨だ。

書籍の中で宇田川さんは、ナラティブとは物語であり、その語りを生み出す「解釈の枠組みのこと」だと定義している。これは、先に紹介したやまだ博士の「ナラティブ(もの語り)は経験が編集されたもの」とほぼ同じことをいっているととらえていいだろう。そして拙著の中でも書いた通り、ナラティブとは起承転結のあるストーリーとも違うとも書いている。

なぜ他人とわかり合えないのか。その理由のひとつが、人は「固有の解釈の枠組み(ナラティブ)」を持っているから、というのが本書の主張だ。

それでは具体的にどうやったらわかり合えるか? この本には対話の4つのプロセスが解説されている。

1 溝に気づく:お互いのナラティブに溝があると気づく。
2 溝の向こうを眺める:相手のナラティブを探る。
3 溝を渡る橋を設計する:解釈の枠組みを観察してどこに共通点があるか探る。
4 溝に橋をかける:新しい関係性(橋)を築く

領域としては人事や採用などHR、組織論ではあるが、いわゆる「パーソナルナラティブ」を理解する助けになると思う。

『物語の構造分析』/ロラン・バルト

最後を飾るのは、物語学(ナラトロジー)に関する本だ。ちなみにナラトロジーはフランスで発達した。本書は古典であり難易度はぐっと上がるけれど、非常に示唆に富むことが書いてあるので紹介する。

著者のロラン・バルトは非常に著名なフランスの思想家・哲学者・批評家。文学作品や映画、演劇、写真に対する批評も多い。それだけで「わ、難しそう」と怯んでしまう人もいるかもしれないけれど、予想通り、難しい内容だ(苦笑)。この本はいくつかのバルトの著作の短編集になっており、最初の「物語の構造分析序説」がナラトロジーに関係している。

本書の中でバルトは、そもそも物語がどういう構造になっているかを分析している。そのひとつが、物語作品には3つの記述レベルがあるというくだりだ。これは物語を書く人にも読む人にも示唆がある。

1 機能のレベル(ファンクション):物語の最小単位。登場人物など
2 行為のレベル(アクション):登場人物がやること
3 物語行為のレベル(ナレーション):行為の背景

物語において登場人物があるアクションをとる際、なぜそのアクションをするのか——それが「物語行為のレベル」に当てはまる。ちなみに、ナレーション(物語を語る行為)とナラティブは語源が同じだ。

僕はこの「物語行為のレベル」が、これまで紹介してきた本に出てきた、「人の解釈の枠組みがナラティブである」とか「経験の編集作業がナラティブである」という定義と繋がってくると考えている。なぜなら、フィクションなど作られた物語であっても、その登場人物がなぜそういう行動を取るのかが大事な要素だからだ。だから物語を作る人は、ナラティブを考えなければならない。

ナラティブとは。物語行為とは。
そのような根本的な問いに対する示唆がこの本には詰まっているだろう。

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今回は広い領域にまたがるバラエティに富むラインナップとなった。ひとつ言えることは、「ナラティブ」は非常に深い概念で、一流の研究者たちが一生かけるレベルのテーマだということだ。これだけ異なる領域で長い間研究されていることが、ナラティブの奥深さなのだと思う。

そして、それがいまビジネス領域で注目されている。ナラティブの理解を深めることは、今後のみなさんの仕事にもきっと役立つだろう。なお、今回紹介した書籍の話も含めて、高広伯彦さんとAdberTimes(アドタイ)でじっくり対談したばかりだ。網羅的に話しているので、こちらもよろしければぜひ。

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