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子守り禿

立花友紀さんには5歳になる息子さんがいる。
ひとり遊びをする年頃。
息子さんが架空の友人と遊ぶようになった。
母親に相談すると、友紀さんもそうだったと言われたそうだ。「もし、おかっぱ頭の男の子と遊んでいるようなら『あれはあなたの兄弟よ』と教えてやりなさい。それが最善策だから」
そのように言われた。
何が最善なのか。
理由を聞こうとしたが、息子が泣き始めために聞けずじまいだった。

息子の普段の様子を見るに、毎回同じパターンで架空の友人と遊んでいる。
まず部屋の隅を見て笑い、大きく手を振る。
間を開けて、抱きつくような仕草。
そして「今日は何する?」と尋ねる。

楽しそうに遊んでいる息子。
母親の言葉も引っかかっていたのもあり、どんな友人なのか聞いてみた。
「お友達、どんな子?」
「女の子みたいに髪が長い男の子」
このぐらい、と示してくれたのは肩あたりの長さ。
まさか、とその場で母親に電話をかけた。
「お母さんの言ってたおかっぱ頭の男の子ってどういうこと」
「あら……やっぱり出たの? あなたにも直に見えるから、可愛がってやって」
母親の言葉が終わらぬうちに、目の前で遊ぶ息子の正面が歪み始めた。
その空間だけピントが合わない。
何度も瞬きするうちに、おかっぱ頭の男の子がじわりじわりと浮かび上がってくる。
輪郭を得た男の子は友紀さんと目が合うと、嬉しそうに笑った。
その風貌に、息を飲む。

おかっぱというより、切り揃えてもらっていないような髪。口の中は血塗れで、歯が全て無い。
殴られたような痣が、見える部分、いたるところにあった。

「友紀?」
「今、見えた……え? なに? こんな……怪我っていうか……酷い状態の子だけど……」
「……その子、なぜか何代にも渡って出てきては子供と遊んでくれるのよね」
「追い出せないの……?」
「私の足が悪いの、知ってるでしょ」
母親の歩みを思い出す。
右の動きが悪く、引きずっているのだ。
友紀さんの生まれる前に石に躓いたと聞いていたが、本当はこの男の子が原因ということだった。
恐らく可愛がるしか方法がないのだろう。
深掘りすることはできなかった。
友紀さんは、これ以上恐ろしい話を聞きたくなかったのだ。

おかっぱの男の子は、息子と遊んでくれている。
母親の話が確かならば、自分もこの男の子と遊んでいたはず。
そのままにしておいても悪い事はないだろうと思った。

だが、この後すぐに疑念が生まれることになる。
頼まれて、母親の戸籍謄本を取りに行った時のことだ。
友紀さんに兄が存在していたことを知る。
そこには友紀さんの産まれる2年前、6歳で亡くなったと記録されていた。

――何代に渡って、というのが母親の嘘であるならば。

背中にじわりと汗が浮かぶ。
だとしたら、母親の足が悪くなった別の理由があるのではないだろうか。
男の子が見え始めて早数ヶ月。
友紀さんは家の中で遊び回るおかっぱ頭を目で追わずにはいられないそうだ。

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