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3110

斎藤綾太さんは、何か趣味を持ちたいと考えあぐねていた。
人生が酷く無意味に思えていたからだ。
彼の日課は、休日に北池袋のリサイクルショップを巡ること。
役に立ちそうなものを数点買う。
けして楽しんでいるわけではなく、やる事がないだけだった。

この日も、ごちゃごちゃと物が置いてある店内をふらついていた。
すると、気になるものを見つけた。

「これ、使えるんですか」
「細かいことはわからないけど、使えるらしいよ。ほら、弦もしっかりしてる」
店主は、綾太さんが興味を持ったギターを爪弾いた。
軽快な音を出すアコースティックギター。
楽譜も読めず楽器も演奏したことがない。
そんな彼だが、ようやく探していたものに出逢えたと思ったそうだ。

それからは指が痛くなるほど練習する日々を過ごした。
「慣れない楽譜見てるからか、最近頭も痛くなるんだよなぁ……俺、うまくなってるかな?」
抱えていたギターを自分側に傾けるようにして話しかけた。
サウンドホールの奥が明かりに照らされる。
そこにピンポン玉ほどの白い球体が見えた。

見間違いか? こんなの入ってたら気づくよな。
赤い糸が何本もへばりついてるし。
なんだ、これは。

ごろり。

球体がこちらに向かって動く。
焦げ茶の丸い模様がひとつ。
球体は、目玉であった。

「ぎゃ!」
綾太さんは短く悲鳴をあげ、ギターを放った。
動けず、しばし、それを見つめる。
時計の針の音だけが響く部屋。緊張感が走る。
出来るだけ距離を取りつつ、またホールを覗いた。
目玉はない。
かわりに、琥珀色のピックがあった。
何度も目を擦り、何度も角度を変えて確認した。
しかし、やはりピックがあるだけ。
恐る恐るそのピックを取り出した。

3110。
そうマジックで書いてあった。

現在。そのギターはサウンドホールを紙で綴じられ、押し入れの天袋にしまい込まれている。
なんの因果があるかわからない以上、手放せないと斎藤綾太さんは話す。
ギター練習中から発生した頭痛が治らないらしいのだ。
医者の見立てでは眼精疲労からだとのことだった。
目を酷使するような事はしていないというのに。

彼は、ギターに出会う前とは打って変わって、何とか生きていたいと願っている。

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