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悪鬼の匂い

その家は、古くからその土地で繁栄していた藤森という姓であった。

その辺りは同じ姓の家ばかりあったが、景子さんが嫁いだのは所謂本家筋の一端を担うような、大きい屋敷であった。


ある初夏の日。
同じ屋敷に住まう大叔父が亡くなった。
栗の花が強く香り、胸焼けするような夜だったという。
義父に呼ばれ、大叔父の遺体を置いてある仏間に行くと異様な空間になっていた。
元より天井まで届くかという大きな仏壇。
その前に大叔父が横たわり、胸には小刀が2本。
そして、屋敷に住まう親族総出で猫を囲んでいた。
猫は深く寝入っているのか、腹を上下させてはいるが起きる気配がない。

「景子さん、これはこの屋敷に住む者以外には秘密にしていて欲しい。この家から出ていく事があっても、誰にも絶対に口外してはいかん」

景子さんが深く頷くと、義父は大叔父の胸の小刀を1本取り、猫に突き刺した。
猫の眼は開かれ濁った叫び声をあげたが、小刀が体を引き裂き続けたことにより絶命した。
亡骸は袋に入れられ、漆黒の風呂敷に丁寧に包まれる。それから仏壇と遺体の間、中央に供えられた。
聞けば、この家では魂が悪鬼に取られぬように代わりの魂を用意しているのだと教えられた。
翌日、通夜が始まる頃には、いつの間にか風呂敷包みは消えていた。

ここから二十年ほどのうちに同居していた数名の親族や義父の通夜を経験した。
やはり前日は同じように猫を殺し、供えた。
変わらず風呂敷包みは誰も知らないうちに、消えてしまった。

つい最近になって、景子さんのご主人が亡くなった。
今では屋敷に住むのは恵子さんとご主人のみ。子供たちは都会で寮暮らしをしていて、この習わしを知らない。
自分にはとても猫なんて殺せないと、ぬいぐるみを入れた風呂敷包みを供えておいた。
やはり、それも気づけば消えていた。

日も暮れて、別に住まう親族や近所の者が、少しずつ通夜の席に集まり始める。
そこで、いつもとは違う異変を感じた。
暑いわけでも日を置いたわけでもないのに、遺体の腐敗が酷く、皆ハンカチで鼻を押さえる始末。
本家から他家へ嫁いだ叔母が、ぽつりと呟いた。
「悪鬼にやられたんじゃなぁ…可哀想になぁ…」

景子さんは、未だ腐敗臭の取れない屋敷で一人暮らしている。
藤森家の墓に刻まれた忌日はすべて、五月から六月。
栗の花の季節だった。


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竹書房怪談マンスリー、1次選考通過作品です。
まとめるの楽しかった!
prologueにも掲載しました。

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