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家族のために“少年”として生きる少女の物語にふれて

映画「THE Bread Winner」を観ました。YEBISU GARDEN CINEMAにて2019/12/20より公開中。映画の感想と、原作「生きのびるために」との違いや、映画が伝えようとするメッセージを考察してみました。

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舞台は2001年、世界同時多発テロ直後のアフガニスタン首都カブール。女性は男性の同伴が無ければ外出が禁じられており、外では目以外の部分を覆い隠すブルカの着用が義務付けられ、買い物や勉強もさせてもらえない、理不尽な規制で縛られていました。

ストーリー(公式サイトより)

11歳のパヴァーナは、アフガニスタンの戦争で荒廃したカブールにある小さなアパートの1つの部屋で、教師だった父、作家の母、姉と幼い弟と暮らしています。タリバンの支配下に生きるパヴァーナは、父が語る物語を聞きながら成長し、市場で人々に手紙を読み書きして生計を立てる父を手伝っています。 ある日、父親がタリバンに逮捕され、パヴァーナの人生は一変します。タリバンは、男性を伴わずに女性が家を出ることを禁じているため、家族はお金を稼ぐことも、食料を買いに行くことさえできません。 一家の稼ぎ手として家族を支えるために、パヴァーナは髪を切り“少年”になります。そして危険をかえりみず、パヴァーナは父を救いだす方法を探そうと決意するのですが…。

母親やお姉さんの真似をして綺麗に伸ばしていた髪。それを切るなんて11歳の少女にはとても辛い決断のはずですが、鋏を手に取るパヴァーナの顔には覚悟の文字が見えました。初めて“少年”として街を歩くパヴァーナはどこか不安げ。でも堂々と商店で買い物ができた彼女は、高揚感のある表情で描かれています。“少年”のふりをすることで、やっと外の世界を感じたパヴァーナは生き生きとして映るのですが、観ているこちらは複雑な気持ちになりました。

識字率の低かった当時のアフガニスタン。「読み書き」ができるパヴァーナは「ダリ―語、パシュテュー語、読みます!!」と道行く人に声をかけ、読み手としてお金を稼ごうとします。ある日、「親せきからの手紙を読んでくれ」とタリバン兵の男から頼まれるパヴァーナ。手紙はそのタリバン兵の妻が地雷で亡くなったことを知らせるものでした。タリバン兵は言葉を失い立ち去ります。

数日後、男はパヴァーナに報酬を渡しに来ました。何かを感じ取ったパヴァーナは「父が刑務所に連行されたんです」と助けを求めます。そして男は「俺の知り合いが刑務所で働いている」と、その人の名前を教えてくれたのです。パヴァーナは父を助けようと、一人で刑務所に向かいます。


原作はデボラ・エリス著「生きのびるために」(さ・え・ら書房)

作者はカウンセラーの仕事をしながら執筆活動をする国際NGOの中心人物。アフガニスタンの難民キャンプを訪れ、現地の女性や少女に聞き込みを行い、彼女たちの経験やカブールのようすを作品で表しています。映画で描かれたのは3部作まで続くシリーズの1作目のお話。当時のアフガニスタンにはパヴァーナと同様、髪を切り少年として働く少女がたくさんいたそうです。

怒りを抑えられないタリバン兵の少年

映画にはタリバン兵として戦う少年が、パヴァーナの前に3回現れます。名前は出ていないものの、映画のメッセージを伝えるための重要な人物です。

1度目:パヴァーナと彼女の父親が街で商売をしているシーン
戦争で足を失った父親は一人で街へ出るのが困難なため、毎日パヴァーナが付き添う必要がありました。売り物のドレスに近づく野良犬を追い払おうと声を出したパヴァーナに、少年は「女が大きな声を出すな」と近づいてきます。「なぜ女を商売に連れてくるんだ」「未婚なら顔を隠せ」「ちょうどいい。今嫁を探している、俺にくれ」と勝手なことを言いまくります。
「もう嫁入り先は決まっている」とあしらう父親。

帰り道、自分は結婚させられるのかと不安がっていたパヴァーナ。「あれは嘘だよ」と父親は言います。
「それより、前に教えた物語の話をしよう」
教師をしていた父親と、父親の影響でいくつか物語を語ることができるパヴァーナは、おしゃべりをしながら家路につきます。タリバン兵の少年が尾行していたとは知らずに。

2度目:父親がタリバン兵に連行されるシーン
パヴァーナが家族で夕食をとっているとき、昼間出会った少年を含むタリバン兵の一行が家に押し入ります。「女に本を読ませていた」という理由で片足のない父親は杖も持たずに刑務所へ連行されたのです。

3度目:“少年”として鉱山で働いているシーン
パヴァーナと同じように髪を切り“少年”として働く親友ショーツィアとともに、収入のいい仕事を探す日々。ある日、2人は鉱山のような現場で重労働を経験します。
手を休めていた2人を呼び止めるのは、あのタリバン兵の少年。パヴァーナの正体に気づいた少年を煉瓦で殴り、2人は逃げます。銃を持って追いかけてきて、発砲までする少年。なにかに取りつかれたような少年の表情が独特で、記憶に残りました。戦いの知らせが来て、少年は大人たちと一緒にトラックに乗り戦場へ向かいます。

少年が登場するのはここまで。その後の運命は描かれていません。

言葉を使って協力者を探す少女に対し、現実への怒りを女性・子どもへの暴力であらわす少年。

怒りではなく、言葉を伝えてという映画のポスターにも使われているメッセージ。タリバン兵の少年が登場することで、メッセージが一層深みを増します。

原作では、タリバン兵の少年は一度だけ登場します。窃盗の容疑で逮捕された男性たちの手を、見せしめで切断するシーン。手首をロープでつなぎ、ネックレスのように掲げるのが少年でした。このような描写は、アニメーション映画には相応しくないと考えられたのかもしれません。

墓場で人骨を掘る仕事

映画では鉱山のような現場で、パヴァーナが重労働に携わるシーンがありますが、原作では子どもたちが墓場で人骨を掘ります。なぜ骨を買う人がいるのか、理由は書かれていません。鶏のエサ、食用油、ボタンなどに使われていたのではと考えられます。少年たちが、地雷を踏むかもしれないというリスクを背負いつつ、泥まみれになって先祖の墓を掘る、想像すると痛々しい光景。映画で墓場のシーンを描かなかったのは、制作者のアフガニスタンの人々へ配慮だったのかなと想像します。

女性たちの活動

原作では、作家であったパヴァーナの母親が他の女性たちと共に、アフガニスタンの現状を外に知らせるため雑誌を制作します。記事をパキスタンへ運び印刷し、アフガニスタンへ密輸する。またパヴァーナの姉が先生となり、生徒を数人(5人程度)家へ集め、小さな学校も開いていました。
訳者 森内寿美子さんのあとがきによると、ブルカの中に雑誌を隠して運び、結束して秘密の学校や診療所を運営するアフガン女性の組織が存在していたようです。知られたら命を奪われるかもしれない状況で、活動する女性。知は力をもつと感じました。

さいごに

映画の中で、私が個人的に好きなシーン。
「私いつかここを出て海に行きたいの」
「海では月が水を押したり引いたりするんだって」
「(写真を見せながら)水ってこんなに青いのよ」
パヴァーナの親友ショーツィアが夢を語るようす、とてもいとおしく感じました。映画でも原作でも、2人は20年後に再会しようと誓います。


YEBISU GARDEN CINEMAで公開中の「THE BREAD WINNER」、年明けよりこちらの劇場でも公開されます。
・愛知 名古屋シネマテーク 1/25~
・大阪 テアトル梅田 1/24~
・京都 出町座 近日
・福岡 KBCシネマ 1/28 

多くの人に観てほしいなと思います。映画『ブレッドウィナー』公式noteはこちらです。


偶然ですが

映画を観る少し前、 デリーの紅茶屋さん Happy Hunter でアフガン難民女性の手によって作られたコースターを購入していました。お店のfacebookページはこちら

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もしかしたら、このコースターを編んだ女性も、私たちには想像もできない辛い経験をされていたかもしれません。映画を観たあと、感慨深い気持ちになりました。

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こちらのArtivisteというブランド、難民女性のグループArezoも検索しましたらヒットする記事が探せず、Instagramもアカウント名を変更しているのか見つかりませんでした。英語で柔軟に検索ができれば情報が得られるかもしれません。力不足だな、と思います。もっと世界の情報をキャッチして発信できるようになりたい、英語をもっと、ちゃんとやろうと決めました。

購入したコースターを作った団体とは、おそらく異なるのですが。アフガニスタン難民女性によるブランドを運営する団体NCRのHPを、最後にシェアさせていただきます。

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