いらない失敗を避ける
失敗は成功の元だみたいな発言をかれこれ10回以上は聞いている。
もっと言うと、その発言の大半は社会人になってから聞いたものだ。
失敗は成功のもと。この発言は間違いではないと分かっている。
でも少し優しくないなあとも思う。
それはなぜかと言うと、失敗にも良い失敗と悪い失敗があると思っているからだ。
本日はそんなお話です。
・人生に失敗は必要なのだろうか
まず考えないといけないことに、なぜ失敗から学ぶことが多いのかという部分がある。
人生成功だけで生きていけるのであれば成功だけでも良いのではないか。
失敗なんて経験しないに越したことがないのではないか。と考えたことはないだろうか。
この考えをしている私は、既に何度も失敗を経験しているので、人生で失敗をしたことがない人の考え方が分からないというのも事実なのだが。。
ちなみに私の解としては失敗は必要だと思っている。
失敗の最大のメリットは、直接肌で失敗を感じれることにあると思っていて、言わば痛みが伴うからこそ価値がある物だとも思う。
道徳的に、ダメだと言われているものがなぜダメなのか。失敗してから気づくことは多くある。
道徳的な部分以外でも、仕事で先輩に注意を促されたこと。
本当に注意する必要があるかどうかなんて、失敗してみないと分からないことだってある。
失敗してみて、実はそんなに注意する必要がないと気づくこともあるかもしれない。
言葉だったり頭では注意できても、本質を理解できないと、本当に注意することはできなかったりする。
だからこそ失敗は必要だと思うし、人生経験で失敗して得られるものは多く存在するのだと思う。
・良い失敗と悪い失敗
失敗にも良い失敗と悪い失敗は存在すると思っている。
成功には基本的に良し悪しは存在しない、成功しているからだ。成功して尚反省する部分はあるかもしれないが、失敗ではないのでそこまでだろう。
失敗は成功の元とか、小さい失敗という文字を何個も連ねて成功の字にしているみたいな写真を見たことはあるだろうか。
見たことない人はなんでも良いので、セミナーなんて行ってみると良いと思う。高確率でお目にかかれる。
確かに失敗から学べることは多いので、成功につながる可能性はとても高い。
なぜ失敗したか、どうすれば失敗しなかったか。これを寸分違わず言語化できるのであれば同じ過ちを犯すことはないだろう。
でも人生そんな簡単ではないし、失敗の数が多ければ良いわけではない。
何も考えずに失敗しても意味がないのである。
強豪チームに弱小チームが試合を挑んだとして、何も策を考えなかったら何が学べるだろうか。
せいぜい、強豪チームへの妬みや嫉みであり、自分達を憂うぐらいしかない。
出たとしても自分達の反省点ではなくて、強豪チームの良い部分の分析のみである。
失敗にも良し悪しがあると先述させていただいたが、これがまさに悪い失敗に分類させる。
そしてもう一つ、意図なく痛みが伴わない失敗も悪い失敗と言える。言い方を変えると弱い失敗はそこまで学べない。
痛みが伴うことによって、同じ過ちを繰り返さないように頭が理解できるし、同じ経験をしたくないと思える。
これによる反省と、成功による反省が同レベルであるはずがない。
失敗したからにはどれだけ考えて失敗したか、またどれくらいの傷を負うことになったか。不謹慎でもあるが、結構重要だと思っている。
・仮説の上に成功は成り立つ
では良い失敗とはなんなのか。
言うまでもないが、仮説を立てたり、分析をした結果が失敗だった。という失敗からいろんな情報を仕入れることができる。これが良い失敗だろう。
言い方は悪いが、少し傷が深い失敗も私は良い失敗だと言えると思う。
また軽微な失敗だとしても、良い失敗は存在していて、それは確認するために失敗することである。(もちろん失敗の度合いにもよるが)
これをすると失敗するよね。と確認する意味での失敗は今後同じ過ちを繰り返す予防策になるだろう。
例え弱小チームだとしても、強豪チームに対して戦術を練り、うまくいくポイントと想定できる可能性を考えてから挑むこと。これだけで得られるリターンが別物になる。
成功という言葉を意識すればするほど、失敗という言葉も意識せざるを得ない。
成功があるから失敗があるのか。失敗があるから成功があるのか。
失敗した時に良い失敗だったと思えるか。悪い失敗だったと失敗に反省することができるのか。こんなことも考えてみると面白いと思います。
拙い言葉なのに長々と読んでいただきありがとうございます。
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ではまた月曜日にお会いしましょう。
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