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【短編】 ことわざは意外にむずかしい 【妹シリーズ】


 夏休みの宿題。
 これは、学生にとってはどうしてもこなさなければならない必須課題だ。
 そして、それは、ご多分に洩れず、我が家の妹様にも出ている。
 ……が、この夏休み、家にいる間、それをやっている素振りは全く見えなかった。

 そして、昨日は学校の登校日。
 大抵はそこで、夏休みの課題は提出期限を迎えるものだ。
 つまり、どうなるかというと……。

「お兄ちゃん大変。学校の宿題が終わらない」
「いや、本来は多分、昨日までだったんだろ?」
「……お兄ちゃんはなんでも知ってるね?」
「なんでもじゃないぞ、知ってることだけだ」

 こうして、妹が俺に泣きついてくるのだ。
 幸い、今日は土曜日。
 明日は日曜日だ。
 月曜日が学校の先生が設けた、再提出日なので、今日、明日死ぬ気で頑張れば、きっとなんとかなるだろう。

「死ぬ気で頑張れ」
「手伝って!」
「……宿題は自分でやらないと意味がないぞ?」
「……お兄ちゃん、私の実力を知らないからそんなことが言えるんだよ!」
「そのセリフ、使う場面が間違ってるからな?」
「流石は私でしょ? このまま放置したら、私の宿題がえらいことになるよ?」
「それで俺は何も困らないんだけどな?」
「私が困るよ? お兄ちゃんもそれは可哀想だなぁって思うよね?」
「別に?」
「今日のお兄ちゃん、冷たくない!?」
「やるべきことをやらずにだらだら過ごした結果、人様を頼っている妹に灸を据えているところです」
「ふぐぅ……」

 涙目でこちらを見つめる妹。
 見たところ、一応反省はしているようなので、仕方がない。
 少しだけ付き合ってやるとするか。

 このとき、この決断があんな悲劇につながろうと、誰が思っただろうか?
 あ、これ、反語表現ね。

「高校生にもなって、ことわざって……先生は生徒を舐めているのか?」
「ふっふっふっ! 私用の特別課題だって言ってたよ!」
「……妹よ、そこは誇らしげに言うところじゃない」
「そなの?」

 ドヤ顔で胸を張る妹が、俺は兄として悲しかった。
 しかし、こんな課題を出されるほどに、うちの子は先生に『残念な子』認定されているのだろか?

 そんな風に思いながら、課題プリントを手にすると、信じられないような記述を見つけた。

「おい、妹よ、これはなんだ?」
「え? すごいでしょ!? 私だって、何個かはことわざ知ってるんだから!!」

 俺の指差す欄を見て、妹は誇らしげだ。

『犬も歩けば(肥溜めに落ちる。)』

 妹の回答は実に斬新だった。

「本来想定されている不幸を軽く超えないで! 犬、可愛そうだろ!?」
「え? 違うの!?」
「違う!! 全然違う!! いいか?『犬も歩けば棒に当たる』だ!!『犬がふらふら出歩くと、棒で殴られるような災難に遭ったりする。じっとしていれば良いのに、余計な行動を起こすべきでないとの戒め』という意味のことわざだ」
「『歩いてたら不幸にあう』って意味なら、別にこれでもいいじゃん?」
「ことわざを新調するんじゃありません。覚えなさい。はい、じゃあ確認。『犬も歩けば』?」
「えーと、『棒を拾う』!!」
「それじゃ仲良く遊んじゃってるだろ……『棒に当たる』だ……」

 ことわざの課題を出した、彼女の先生の気持ちがわかってきた俺だった。

 


 さて、我が家の妹様の珍回答はつづく。

『どんぐりの(中身は意外に美味しい。)』

 食べたのだろうか?
 そして、いちいち書き込まれている『。(句点)』が律儀で可愛い。

『河童の(川下り。)』

 その河童に、一体何があったのだろうか。

『豚に(とんかつ。)』

 不釣り合いなものを与えるという意味では正解かも知れないが、それでは共食いになってしまう。

『馬の耳に(大声。)』

 突然の虐待に、馬もさぞ驚くことだろう。

『目糞鼻糞を(みみくそ。)』

 同系統のものを並べてみました。

『触らぬ神に(枝毛有り。)』

 漢字を無視して、音だけで解答をチョイスするとは、器用なことができる妹である。

『うどの(キャッいーん。)』

 そういえば、最近コンビでは見かけないな。

『押してダメなら(押し倒せ。)』

 もっとダメだろ。乱暴にも程がある。……妹らしくはあるのだが。

『塞翁が(よめない。何この漢字?)』

 とうとう、課題ブリントの文面と会話を始める妹様だった。

『とらぬ狸の(金○。)』

 学校の宿題に、堂々とそれを書く勇気だけは認めよう。

『糠に(きゅうり。)』

 それは最高に美味しいやつだが、もちろん不正解だ。

『猫に(手を借りる。)』

 猫さん系の別のことわざと混ざってしまったらしい。
 これまでで一番惜しい間違いだ。

『泣きっ面に(ビンタはしんどい。)』

 前衛的すぎて、コメントに困る。

『秋茄子は(最高に美味しい。煮浸しが好き。)』

 お前の好みは聞いていない。まぁ、確かに美味しいけどさ……。

『足元を(気をつけてお進みください。)』

 それは何かの注意書きだ。

『雨降って(もきっといつかは晴れ渡る。)』

 なんかちょっと格好いい。でも全然違う。

『石の上にも(こしかければ椅子になる。)』

 もはや何を言っているのか分からない。

『石橋を(叩き割る。)』

 このことわざの前提を、全否定。

『牛にひかれて(足を骨折。)』

 その轢かれるではない。

『海老で(シューマイを作りたい。)』

 もはや願望が書いてある。

『女心と(いうものをお兄ちゃんにも分かってほしい。)』

 それはここに書く事じゃない。

「うん、もはや才能だと思う。胸を張って、これを提出しよう」



 百問近くあることわざすべてが、こんな感じだ。
 もう、これは一つの才能として大事にするべきだと思った俺だった。

「はーい!」

 そして、そんな俺の思惑など知る由もなく、そのことわざのプリントをカバンにしまう妹は、きっと、このプリントは『問題ない』と思ったのだろう。
 提出されて、内容を確認したときの先生の反応をぜひ見てみたい。

「次はなんだ?」
「数学の課題!」
「どんなん?」
「空間図形の問題?」
「なんでお前が疑問形なんだよ……って、これは……」

 渡されたプリントは、どう見ても中学生向けのプリントだった。
 ……そうか、数学でも妹は先生方に猛威をふるっているのか。
 今度、菓子折り持って謝りに行ってこよう。

「特に、円が苦手」
「円は平面図形な。多分、球のことなんだろうが……あれは公式を覚える以外に戦いようがないからな……ことわざがあれじゃあ、まぁ、苦手だろうね」
「えへへ……」
「褒めてないからな」

 さて、数学も数学で、苦難の連続だったわけだが、そんなこんなで、妹の夏休みの宿題に付き合いながら、ツッコミ疲れる俺なのだった。


 妹よ 兄はお前が 心配だ。


 川柳発祥の日なので、最後は川柳でしめてみる。
 全然しまらないけどさ……。はぁ。

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