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私と共に【創作百合】

大音量で響く音楽。デスク上の機械を操りながら、ヘッドセットマイクを通して観客を煽るDJ。応える声は男女混合に入り乱れて、酔いに淫れて。

今日は大学のサークルの飲み会だった。一次会が終わり、帰ろうと思ったが、友達に腕を引っ張られこの場所、所謂パーティークラブにいる訳だ。
今日は有名なDJのイベントがあるとか何とか、先輩たちが言っていたっけ。
飲み会の幹部である先輩は所謂陽キャ、パリピというものを具現化したような人で、こういう場所は好みそうだし、アルコールの入ったコップを片手に会場にいるバーテンダーやスタッフと気さくに話してところを見ると常連なんだろうと思う。
二次会会場がクラブと聞いて、最初はおっかなびっくりで入っていった同級生や後輩達も、今はそれぞれが踊ったり飛び跳ねたり、中には好みの男の人や女の子に声をかけたりして各々楽しんでいる。

私───須藤 凛子(すどう りんこ)は、様々な色や光が散りばめられた箱の壁際でその様子をぼんやり眺めながらウーロンハイを飲んでいた。

…正直、居心地は悪い。

連れて来られた当初は周りに合わせて踊って跳ねて、意味無く笑い合っていたが、私を引っ張ってきた友達は、イケメンがいる!とグラス片手に小走りでバーカウンターに寄りかかっていた男性にちゃっかり声掛けに離れていってしまった。私もアップテンションのままでいるのもちょっと疲れてきた頃合いだ。

陽キャでもパリピでもなく、陰キャでもなく。
髪を茶髪に染めて、ピアスを耳たぶと、思いきって先月に軟骨もひとつ開けた。
カラコンにメイク。
今どきのくすみカラーのワンピース。
盛れるところは盛って。
普通の女子大生、だと思う。多分。
ウーロンハイのグラスを傾け、また一口喉に飲み物を通す。カラン、と氷の音がした。
先輩に何と言い訳して帰ろうかな、なんて思った時だった。

「ねえねえ、君、花橋大のサークルの人でしょ?」

声にふと顔を上げると、ロングの金髪を緩く巻いた女の子が立っていた。
メイクもあるだろうが、ぱっちりとした二重に、にこやかに弧を描く唇にピンクのティントが艶めいて見えた。丈の短いオフショルダーブラウスに、ショートパンツ。指にはミントグリーンのジェルネイルが施され、グラスの中の飲み物に映える。

「そ、そうだけど。なんかちょっと休憩、って感じかな」

あはは、なんて笑ってみせると、じゃああたしもきゅーけいっ!と横の壁にもたれかかってきた。

「えっと、」
「あたし?はいっ!藤内 桃音(とうない もね)って言います!加賀山女子大、2年!萌音って呼んでいいよ」

ばっと手を挙げて自己紹介する萌音は、ギャルな見た目に反して、先生に当てて欲しい小学生みたいで、ちょっと可愛らしく見えた。

「私は須藤凛子。同じ2年だよ。加賀山女子大って…、え、私立の超お嬢様学校じゃん!」
「あっはははは!!みんなそう言うけど、学部に寄るって、そんなの。あたし、そんなココが良くないからさ、めっちゃ受験大変だったー!」
ココ、と頭を指さしながら人懐こく笑う萌音に、私も笑ってしまった。
「萌音もサークルの飲み会なの?」
「そうそ!今日はDJイベもあるし、パーッとクラブにしようよってなってねー」
「私は初めて来たけど…有名な人なんだね」
「DJでしょ?そうそう!あの人、全国のクラブハウス回ってイベントやっててー、それがたまたま今日近くでやるってなったら、そりゃ行くっしょ!って。あたしらのサークルはもうここ一択だったよ」
「うわ、萌音達めっちゃ陽キャじゃん」
「まあねー、なんてね!」
グラス片手にケラケラと笑いながら、乾杯しよ!という萌音に合わせて、グラス同士をカツンとぶつける。

その時、私の横で話していた男の人がよろめき、私にドン、とぶつかってきた。

「え、」

やばい、と咄嗟に受身を取ろうと手を伸ばした時、目を丸くした萌音がパシリと私の腕を掴んだ。

その時、私の頭の中にフラッシュを炊くように閃光が走った。経験したことがないのに、まるでそんな記憶があったように。
ある時は、綺麗な紅葉の中、燕尾服に身を包んだ男性と綺麗に着飾った女性が腕を組むのを寂しげに遠くから見つめるシーン。
ある時は、行かないでと軍服を纏った男性を黄昏時の雪が降る寒空の中抱き締め泣いて縋るシーン。
ある時は、桜の花が散る頃に、点滴が繋がれた病院のベッドで、か細くなった手をとり包み込むシーン。
ある時は、蝉が鳴く砂利道をしゃくりあげながら手を引かれ歩いた、大きな背中。
シーンとともに流れ込んでくる感情と状況と。
でもどれも私は泣いていて、寂しくて、どうしてという思いで、悲しくて。
叶わないものという思いが共通で。それで───

パァン、と床に私が持っていたウーロンハイのグラスが落ちて、ガラスと氷とともに飲みかけの液体が床に広がっていく。

「大丈夫ですか?すぐ片付けますんで──────」

スタッフの人が颯爽と箒とちりとり、モップを持って粗相を掃除するのを私はぼんやりと見つめていた。
そのままゆっくり萌音を振り返ると、萌音もまた、目を白黒させていて。

萌音と目が、あった。

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声をかけたのはなんとなくだった。
ぼんやりとウーロンハイを飲む女の子…多分花橋大の子だろうと思いながら、声をかけた。

「ねえねえ、君、花橋大のサークルの人でしょ?」
「えっと、」

戸惑いながらも顔を上げたその子は、明るい茶髪のボブヘアにクリっとした目の、やや童顔な子だった。
耳には対のシルバーピアスが揺れ、ちらりと見えたアウターコンクピアスが、幼げな顔に反して少し意外な…大人っぽさを感じさせた。
あなた、誰?を顔中に貼り付けたような表情をしている彼女に、あたしはいつものノリでニッと笑って手を挙げた。

「はいっ!藤内 桃音(とうない もね)って言います!加賀山女子大、2年!萌音って呼んでいいよ」
「私は須藤凛子。同じ2年だよ。加賀山女子大って…、え、私立の超お嬢様学校じゃん!」

そのまま笑いながら話を続けて、なんかこの子居心地いいなーなんて思って。花橋大って所謂イイトコって大学だし、良い友達になれそうなんて考えていた矢先だった。

凛子の隣で話していた男がよろめき、ぶつかったのだ。
え、と倒れ込む凛子の腕を咄嗟に掴んだ、その時だった。

ある時は、綺麗な紅葉の中、意中では無い女性と手を組みながらも、寂しげに遠くから見つめる彼の人と目が合ったシーン。
ある時は、お国のためにと軍服を纏った自分に、行かないでと黄昏時の雪が降る寒空の中抱き締められるシーン。
ある時は、桜の花が散る頃に、点滴のチューブだらけになった腕を優しく包み込む女(ひと)がいるシーン。
ある時は、蝉が鳴く砂利道を走って転んで擦りむいて、泣きじゃくる妹の手をやれやれと苦笑いで手を引くシーン。

あたしの記憶じゃない。
だって全部、男の人の目線だった。でも、実際に経験したように鮮明で。シーンとともに流れ込んでくる感情と状況も、妙にリアルで。
ただ、叶わないものという思いが共通で。
愛おしくて、寂しくて、悔しくて、それで─────

…それは凛子もなの?

ゆっくりと振り向いた凛子は、あたしと同じ目をしていた。

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そこから先は朧気だ。
ほんの少し酔いもあって、でも冷めたくはないと、初めて同性でホテルに入り、肌を重ね、唇を重ねた。
お互いのリップが混じって、蕩けて、少し唇からはみ出すのを拭いながらも、お互いがお互いを求めることをやめられなかった。

4つの季節が君に通じて、私の好みは相変わらず君だと、過去の自分がそう言う。
それはお互いに。

ベッドの中で萌音を見つめながら、私はそっと口を開いた。

「萌音…私、さっき転びかけた時に、凄く…リアルな夢?を見たの」
「凛子も?……あたしも。なんか……だんだん思い出してきた」
「私も。その時の気持ちとかも、少しずつね。最初は、多分秋で。萌音は多分、華族だった…明治くらいかな、」
「…そう。あたしにはもう決められた許嫁がいたけれど、住み込みで手伝いとして入ってきたのが凛子だったんだよ。…その時のあたしは、一目惚れしても遅くてさ」
「ううん、身分違いだったから…私も思いを告げられずにいて」
「うん…。次は、冬、だったかな。もう、負けがほぼ決まっていた戦争だったけど、あたしは呼び出しがあった以上…特攻で行くしかなくて」
「そう。私も覚えてる。あの…赤い紙を。こんな形で失うなんてって、」
「あたしも嫌だったよ。…でも、また巡り会えたから、いつかまた会えるって信じてた」
「その次は…春だよね。」
「うん。あたし……末期ガンでさ。もう余命も告げられてて。治療も手を尽くしたけど……もうどうしようもなかった、」
「あのか細い手、今思い出しても悲しくなるよ」
「あは、それは過去のあたし。今はちゃんと元気にここにいるでしょ?」
ふふ、と萌音は私の手をぎゅ、と握った。
その手を、熱を。私もぎゅ、と握り返した。
「最後は夏、」
「うん。…兄妹だったね。あたしがお兄ちゃんで、凛子が妹」
「うん…。好きだけど、結ばれちゃいけない関係だったね」
「まあね。…凛子はどんどん成長して可愛くなるしさ。いいお兄ちゃんでいたかったから、あの時のあたし手を出さないようにほんっと我慢したんだからね!?」
「やあだ!ちょっと生々しいよ、萌音」
「今更?さっきまでもっと凄いのしてたのに?何?またする?」
「ちょっと、やあだってば」
「だーめっ。4回巡って、また会えたってことはさ、あたし達って、そうなんだって思ってもいいんでしょ?」

もぞりと布団の中で体勢を変え、私の顔の横に手を付き見つめる萌音の頬を、私はそっと撫で、優しく降ってくる唇を目を閉じ受け入れた。

今までの記憶は全て、君から貰ったありがとうを捨てる行為だった。捨てるしか無かった。
どうしようもない力や、壁が高く高く厚く隔てて、爪を立てたって登れるはずもなくて、ただ拳を握りしめて、その見えない壁を叩きながらどうしてと泣き崩れるしかなかった。

前世と来世に挟まれて一方通行の道は続く。
それを、私と萌音は4回、名を変え、身分を変え、繰り返し、今5周目を回っている。
終わりのないランニング。
タイムリープの繰り返し。
蓄積した記憶の思いの重量だけ、涙を流し、その頬を伝う雫を海に返す。
まるで、山に降り注いだ雨が、土にろ過され、川を伝い、海に戻り、また雨雲となって雨になるサイクルを繰り返すように。

前世の記憶だなんて、厨二病の黒歴史じみた話で、あるはずもないことだって鼻で笑っていたけれど。
萌音が私に背を向け小さく寝息を立てる中、スマホで調べた、前世の記憶について。
科学的には証明できないが、前例はあるらしい。
軍兵だった記憶を持つ子供。
とある家族のペットであった記憶を思い出したという子供。
子供の頃に多いらしいという前世の記憶だが、とある治療で、古代ヨーロッパで重要書類の配達を任されていた少年の記憶を取り戻したという成人女性も居た記事も読んだ。

前世の記憶を持つ、というのは、実際に起こりうるということ。
私と萌音のように、重複して記憶を持つ者も中にはいたという。

にわかには信じ難いが、私が萌音に腕を掴まれた瞬間に飛び込んできた膨大な記憶は…何とも言いようがない。いきなりぎゅうぎゅうにデータを詰められ、整理が追いつかずパンク寸前のパソコンみたいにフリーズするしか出来なかった。
人生4周分の記憶。それはとても重くて、とても…愛おしくて、寂しい、儚いものだった。
4回も生きてきているのに、意中の人とは幸せになれないなんて、コスパの悪い人生だなあなんて。
1人でふ、と笑みをこぼした。

4回。
愛しい人が傍から去っていくのを見送った。
その度に、自分が突然虚無の中に生まれた場面を考えさせられる。何もいない、誰もいない、真っ暗闇の中、守るものもなく。
ぽつんと、ただ一人。

「…just kiss good night, 」

いつの日か、試験勉強をしていたカフェで流れていた洋楽。気になって調べて、ダウンロードしてずっと聞いていた。

Just a shot in the dark that you just might
Be the one I've been waiting for my whole life
So baby, I'm alright with just a kiss goodnight

暗闇で一度だけ賭ける 
もしかするとあなたが人生で現れるのをずっと待ち焦がれていた人なのかも
だから、たった一度のおやすみのキスで私は大丈夫だから

少し物悲しい、でも、愛があるからこそのさようなら。

でももう、今は。
今は違うと、そう信じたい。

性別だなのなんだの言われている昨今、同性カップルが配信したり、同性婚をしても珍しくない時代だ。
私たちが周回した時代とは、遥かに……進んでいる。
まだ偏見は大きくある世間の中だけれど、昔よりは遥かに理解は広がってきていると思う。

「萌音、好き」

ネイルの爪痕が少し残る萌音の背中にそっと手を触れる。
暖かい、熱を感じた。

───────────────────────────
4回。
愛しい人を、この世に置いていった。
転びかける凛子を咄嗟に掴んだ途端になだれ込んできた記憶。
秋、冬、春、夏。

全部あたしは男性で。
でも今のあたし自身は女性で、男性の思考なんて考えたこともないのに、なだれ込んでくる思考は、男性としての矜恃であったり、それと葛藤する、置いていかなければならない悔しさと、結ばれない虚しさと、悔しさと。燃えるような迷いだった。
そして……躊躇い。

人生4周分の記憶。
でもそれは、昔の、かつての凛子の、凛子への想いを振り切って、あるいは断ち切って、背を向けていかなければならない、そんな記憶。
どうしようもなかった。
過去のあたし…『彼』に、拒否権なんてものはなくて。

悲しかった、悔しかった。
虚しかった。
今度こそを願って、出会って、その度に、手を離さなくては行けない時は来る。来てしまう。
何でなんだと、怒りと悲しみに狂ったように見えない壁に拳を叩き続けた。そして、暗闇の中泣きながら吠える。嗚咽を上げながら、悲痛に叫ぶ。
今度こそ絶対に、彼女を幸せにするんだと。
頼むから、お願いだから、俺(僕)から彼女を、引き離さないでくれ、と。

それはもう……執念だった。

そして、5周目に出会った凛子は……同性。

……手を取っていいのか。あたしは、『彼』らの思いを受け止めつつも、運命に従っていいのか……分からなかった。


同性愛。

今の日本でやっとその思考や思いが形となって政治にまで及ぼすようになった、まだそんな段階だ。
同性で愛することは未だ異端であって、色眼鏡で見られることもある、そんな理解の浸透していない世界。
そんな中で、凛子を幸せに……できるのか。
現状やあたしの考えと裏腹に過去のあたしであった『彼』たちの思いが心内に叫ぶ。

今度こそ、絶対に。その手を離すな、と。

凛子に背を向け、胸の奥で叫ぶ、かつての『彼』達に聞こえるように、答えるように、握り拳を胸に当てた。

大丈夫。……少なくとも、……「友達」としては、そばにいられるよ。かつてのあなた達の思いを全部届けることは……出来ないかもしれないけれど。
だってあたし達…女の子、だもん。

「萌音…好きだよ」
そう呟いたときに、ふと背中に暖かい熱が触った。

凛子だ。
背中に立てた爪痕に…優しく触れるその手に、やっぱりあたしは、……あたしは……

「…凛子、あたしも。好き」

掠れたその声とともにくるりと寝返りをうち、凛子を強く抱き締める。凛子があたしの長い金髪を軽く手ですきながらそばにどかすのを、目を閉じて感じながら、あたしは思った。

ああ、ごめんなさい。
友達だなんて、そんなのじゃ、やっぱり満たされない。
凛子は、あたしのものだ。
あたしの、凛子なんだ。
あたしの中にいる4つの魂が叫ぶ様に、あたしは今度こそ凛子を幸せにしなきゃいけないんだ。

暖かく、そして少し細めなその背中を、ぎゅっと、ぎゅ、っと、抱き締めた。
そして、口を開く。


────────────────────────
「凛子、好き。大好き」

後ろから聞こえた声は、少し涙ぐんでいた、そんな気がした。
少し不安に思った私だけれど、こつんと額同士を合わせた萌音は、ただただ幸せそうに笑って、するりと手を絡めるように握ってきた。
布団の中ではこそりと、萌音のすらりと長い足を抱きつくように絡ませる。


「凛子、今何時…?」
「8時。…萌音、大学の時間、大丈夫?」
「ん〜…まあ……1限あるけど単位は大丈夫だし、サボる。凛子は?」
「私は今日4限だけ」
「そっか」
「萌音。5回目の人生、どうする?」
「ん〜……………、結婚?」

萌音の言葉にぷは、と吹き出してしまった。

「っあっはは!!」
「笑わなくてもいーじゃん!…だって、やっとちゃんと一緒にいられるんだからさ。あたし達同性だけど。でもさ、凛子に今まで悲しくさせた分、寂しくさせた分、全部埋めてあげたいもん……」
「うん、」
「それはさ、あたしの中に眠ってた『彼』達の思いでもあるけど……何より、あたし自身もそう思うんだよ。…凛子は幸せにしたい、幸せに生きて欲しい、って」
「…ありがとう、萌音」

お互いの髪を耳にかけ、どちらともなく柔らかな唇を受け入れ。
ちゅ、とリップ音を立てて離されたあと、お互いに抱きしめあった。

1度きりの人生、なんて言葉じゃ表せないものだけれど、出会うべくして出会ったのなら、受け入れようじゃないか。

だってやっと、高くて厚い壁の向こう側にいた君が、私の側に来てくれたんだから。
お互いに胸いっぱいのダメを抱えながら生きていこう。
大事な人がそばにいる、もうそれだけで、私は幸せなんだよ。

暖かく柔らかい萌音の腕の中に抱かれながら、チェックアウトの時間まで、とまた静かに目を閉じた。


作製協力
ぞんさん、Y・マールさん、ーLeiーさん、天堂肇さん

参考資料
Just A Kiss :Lady A
翻訳参考サイト:https://ameblo.jp/ricanada/entry-12629903124.html

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