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家が建つということは。。

脅威的な感動的なことなんだと思う。

私たちは人力で自分の住む家を建てたことがある。

想像を絶する未知さと感動を味わった。

家に住めるということは当たり前じゃなかったんだと心からおもった。

森に家を建てる時には地面を鍬だけでならす。

柱にするための木を切り出し運ぶ。

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家族四人で知恵を絞ってたった一本の柱を運ぶのに30分以上。
男手を交えてみんなでキャリーに乗せても容易じゃない。

一本の木がいかほどの重さかなんて想像したこともなかったけど、想像を絶する重さだと自分の身体を通して知った。

柱を立てる穴を掘る。
そこにこの一本の柱を立てる。

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シロアリにすぐに食われないように根元にビニールを巻く。
それでも森の暮らしはいつかは食われることが前提だ。。
その時はまた直すだけ。

うちが経つまでの1つ1つの作業に驚愕した。

私はそれを今まで知らないまま、家で暮らしてきたんだと痛感。

「食べるものがあることは当たり前じゃないんだよ。」

そんなこと、若い頃から分かってるつもりだった。

でも。
私は言葉の意味だけ分かってるだけだったんだよね。広辞苑のように字ズラだけ頭に入ってただけだった。

そうしてね、今、私が分かってると思ってることは、多分、「その言葉の意味を知ってるだけなんだ」ってことがあちこちの場面で見えてくるようになった。

言葉の意味を知っていることと、経験をして分かったことは全く別物だと今は思う。

分かっているつもりでもやったことがなければ、それは分かっていないということだと思う。

分かっていても自分で動けなければ理解しているとは言えないとおもう。

自分の手足を動かして学んだことは、その言葉の意味だけではなく、背景が身体に染み込んでる。

どこが大変だったか、そのために私は、周りにいるみんなはどんな思案をし苦労をしたか。そうしてそこを超えてどんな気持ちになったか。

そうして次の時は自然に身体が動かさる。
身体がちゃんと分かっているから。

机上だけの勉強は暮らしでの応用力を持たない。

あの時に学んだこの計算は日常の中のこんな場面に使えるんだ!

山で暮らし始めて、時折、そんな感動に出会う。
普通は業者さんがやってくれるようなことを自分たちでやる我が家は、「これどうしようー」、と思案し、試し、人生の先輩に相談し、これって中学の時にやったあの計算じゃん!って思ったり、あの太陽の動きじゃん!って思ったりする場面に出会えるから。

勉強していることの多くは、自然の中で生きてきた先人が、これをこういかしたらもっと暮らしが豊かになるじゃん!って発見をしたその知恵なんじゃないかって思うようになった。。

だからそれをしって始めて、私は学びの意味を感じたし面白さを感じて自分の中に取り込まれるようになった。

ここ最近のこと。。

地球の太陽さんの関係とか、春分、夏至など暦の動きを理解しながら、タネを落とし、冬支度まで畑を整えていくその考え方に痛く感動した今年。。

私は勉強が嫌いだった。
けど、ニュートンの法則、感じの語源、技術家庭科、1つ1つの科目の中にたくさんの先人の感動と未来への希望が詰まってるんじゃないかって思えたら学びってすごいってふと思えてきて。

今でも机上の勉強は苦手。
わからないことだらけだから。。
でも、先人が自然から学んだことやその時の感動を想像できるようになったことが嬉しい。
必要な時は学びたいって素直に思えるようになったから。

さてさて、人力で建てる家の話。

柱を立てたらもう一っぽんの柱をつなげて二階を作る。
ほぞを作るのもノミと斧を使って手作業。

本当に手作業の中で家は立っていった。
柱ができ、これまた竹を鉈で1つずつ割って床をしいた。

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この家を放置して朽ちた先に残るのは釘と、柱4本に巻いたビニールだけ。
解体する必要もなく朽ちていく様をこの時初めて想像することができた。

そんな経験をしたので、環境問題やエコ問題を含め、暮らしに対しての考え方は我が家流。

驚愕の家づくりが気づかせてくれたこと。

自分はずっとこんな凄い家にすみ、凄いものを食べ、凄い乗り物に乗り、楽に移動し、凄い映画を見てアートという表現に感動したりしながら生きてきたんだね、と思えるようになった。

私の人生は感動ばかりだったんだと。

ここからも私の驚愕が続きながら屋根ができていきます。

スローな暮らしは自分に対して丁寧に日々を生きることを染み込ませてくれました。

自分で作ったものが多いほど日々に喜びと感動がある。
自分で築いた人様とに関係のおかげで楽しみが増える。

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自分で暮らしを味わうっていいです。
だからやりたいことを増やさずゆっくり日々を味わいたいと思う。
そうして得た喜びと、不安を超えた経験が生きるのを楽しくしてくれるから。

ジャングルで暮らした時間、我が子たちの学校は村でのこんな暮らしできた。かけがいのない時間、時代を超えたこのような経験をしてきたこと、家族一人一人にとって生きることと向き合う大切な時間だったね。


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