"料理屋は、こうして生産者とお客様の橋渡しができる" 御料理ほりうち 堀内さやか
使いたい食材を選ぶのではなく、食材に自分の腕を合わせたい
――(撮影料理に使っているハマグリについて)ずいぶん大きなハマグリですね。
これは本ハマグリ(ニホンハマグリ)という在来種で、京都・宮津の漁師・村上純矢さんから直接送ってもらっています。ハマグリは全国的に少なくなっていますが、実は宮津でも一時は絶滅寸前だったそうです。村上くんはまだ20代の若手漁師ですが、年配の漁師や漁協を巻き込み、2019年から2年の禁漁期間を経て、厳格な資源管理に取り組んでいます。
ハマグリは少し小ぶりの方が、身が柔らかくて使いやすいので、料理人には人気があります。でも小さいうちに獲ると、産卵回数が減ってしまう。そこで村上くんたちは、漁期も時間帯も制限した上で5㎝以上のハマグリしか獲ってはいけないことにしています。1日50個までという個数制限も設けました。
村上くんはじめ浜の皆さんの努力の結果、資源は順調に回復しつつあり、取り組みに共感する料理人からのニーズも増えているといいます。
――どういった経緯で、このハマグリを使うようになったのですか?
Chefs for the Blueから紹介されて使うようになりました。ハマグリの取引はキロ単価で行われます。同じ50個なら、大きいものを獲る方が漁師さんの利益にもなるわけです。しかしそれも買い手がいなければ無駄になってしまう。そこでうちの店では、あまり他所が欲しがらない大きなサイズを積極的に買うようにしています。
私は資源管理などに取り組む生産者さんを応援していきたい。だから自分が料理に使いたいものを選ぶのではなく、彼らが使ってほしいものに自分の腕を合わせたいと思っているのです。
――大きなハマグリは使いにくくありませんか?
ハマグリは通常、殻ごと椀物に入れることが多いのですが、大きな本ハマグリは筋肉質で、噛み切るにはちょっと大変。そこで出汁をとった上で、取り出した身は刻んで使っています。
一般的に使われるシナハマグリやチョウセンハマグリなら、ここで真薯にして上品な澄まし汁を合わせます。でも本ハマグリは大きいほど肉のような旨味や野性味があり、油との相性がいい。そこで、がんもどきにしてしっとりと出汁を吸わせ、白濁したハマグリのスープをたっぷりかけています。
日本料理には「常のごとく」という言葉があり、「いつも通りに」「型通りに」という意味でよく使われます。日本料理において、『常』はとても大切です。しかしこれからは、その基本を踏まえた上で、いかに目の前の食材を生かしていくかという工夫も必要だと思うのです。そのために技術を磨いてきたのかな、と。
難しい話だからこそ、楽しく、わかりやすく
――漁師や生産者ともよくコミュニケーションをとっているのですか?
自分が使ってみた感想や、お客さんのリアクションは積極的に伝えるようにしています。生産者さんって、意外と自分たちが作っているものの価値がわかっていない人も多いんです。ただお金を得るための 『モノ』ではなく、「おいしい」という特別な満足感を人に与える素晴らしい『食材』であることに気づいてほしい。そうすれば、大事に守っていこうという思いにもつながるんじゃないか、と。
――お客様にも生産者の話をするのですか?
生産者の声をお客様に、お客様の声を生産者に伝えることが私の使命だと思っています。それに、自分が面白いと感じていることをお客様にも楽しんでいただきたくて。漁師さんや魚の話はネタが尽きないんですよ。「そんな人いるの⁉、そんな魚がいるの⁉」って。
今年の年明けにも、1品目にアイゴとメジナを使った料理をお出ししました。なぜ1品目か。それはお客様が酔っぱらう前にお話ししたかったからです(笑)。
アイゴは背びれのトゲに毒があり独特の臭みもあって、ほとんど流通していない魚です。また海藻を食べ尽くす磯焼けの主犯格としても知られ、地域によっては駆除の対象になっています。そんな嫌われ者のアイゴを、大分の老舗干物屋さんが一夜干しにしています。それを使って昆布巻きを作りました。
メジナも磯臭さから市場ではあまり見かけませんでしたが、沖を回遊する「沖メジナ」は脂がのってとてもおいしく、ここ数年値段も上がっています。今回はそれを昆布締めにしてごま酢和えに仕立てました。
未利用魚の“ルーキー”であるアイゴと、低利用魚の“出世魚”メジナを一つのお皿にのせてお出しし、「未利用魚とは、低利用魚とは」というお話をしました。「いつかアイゴも愛される魚になるといいですよね」なんて言いながら。
――お客様の反応はどうですか?
面白がって聞いてくれます。海の問題って、どうしても難しく重くなりがち。だからできるだけ楽しく、わかりやすく、人に話したくなるようなストーリーを盛り込んでお話しするようにしています。
料理屋は、海の問題を伝える上で、とてもいい場所だと思うんです。今まさに自分が食べている食材の話は、ただ聞くだけよりもずっと身近に感じられるのではないでしょうか。「面白い」「おいしい」が入口になることで、関心の持ち方も全く違ってくるはずです。
諦めずに続けていけば仲間が増えて、未来が見える
――ブルーキャンプでは、学生たちにどんなことを伝えていきたいですか?
自分が何かを教えるだなんて、とんでもない。一緒に学び、考える時間にしたいです。
大人は考えが凝り固まっているところがありますよね。学生さんの方がよっぽど柔軟ではないでしょうか。実は去年のブルーキャンプでも、1日だけお手伝いとしてキッチンに入らせてもらったんです。彼らの吸収力、成長の早さ、発信力に驚き、もっとがんばらなきゃと刺激をもらいました。今年は最初から関われるので、とても楽しみです。
私は高校2年生で板前を志して以来30年、日本料理の世界で腕を磨いてきました。当時、女性の板前はまだほとんどいなくて、周りからは「女には無理だ」と言われていました。それでも「今よりもう一歩前へ」と進んできました。世間の風向きが変わってきたのは、ここ数年のことです。
私が歩んできた30年と、このサステナブルシーフードの問題は似ている気がします。現状は危機的で、しかし漁師さんはじめ、料理人も、消費者もその深刻さを認識している人はまだまだ決して多くありません。何が正解かもわからないし、話題にする度、ネガティブな言葉ばかりが飛び交う……。
でも諦めずに続けていけば、必ず仲間は増えます。結果と共に、未来も可能性も見えてくるはずです。
――最後に一言、メッセージをお願いします。
もし参加を迷っているなら、飛び込んでみてください。知っていて知らないふりはできるけど、知らないまま終わるのはもったいない。このチャンスをぜひ生かしてください!
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