見出し画像

桜と雪柳

今年も雪柳の花が咲いております。

今年は暖冬で桜の開花が早かったですが、例年は桜とともに美しく咲く雪柳の花が咲いております。

昨年は思い返せば恥ずかしきことの数々、僕は反省の日々を過ごしております。

~寅さん風~

桜はもちろん大好きだけども、雪柳の美しさが世論では埋もれてしまっている様な気がして気に食わない。
花言葉はいくつかあるけれども「愛嬌」がしっくりくる。
「やっぱり女は愛嬌やで!」って嘱託のおっちゃんがいつも言っている。
おっちゃん、僕もそう思う。

桜は花見のときだけ人だかりができて、僕はその様子が嫌いだ。
桜並木の河川敷の側で幼少期を過ごした僕としては、四季を通して桜の木を見て育ったから、花が咲くときだけ群がる人々をみていると、過程を無視して結果だけを求めている愚かな人間の姿をみているような気がして、半ば怒りに似た虚無感を覚える。


そういえば、三島由紀夫は別として、川端康成の次にノーベル文学賞に最も近かった文豪、『砂の女』や『方舟さくら丸』で有名な阿部公房は桜が嫌いだったらしい。

ぼくは桜の花が嫌いだ。闇にたなびく雲のような夜桜のトンネルをくぐったりするとき、美しいとは思う。美しくても嫌いなのだ。日本人の心のなかに咲くもう一つの桜のせいだろう。たとえば舞台の書き割りに、それもチンク・ホワイトなどではなく、貝殻の粉を原料にした胡粉の白で描かれた桜。外国人には美学的にしか映らなくても、日本人には情念の誘発装置として作動する強力な象徴なのである(『死に急ぐ鯨たち』より)

阿部公房はそんなふうに言ってます。

阿部公房といえば、僕が二十歳のときに閉店した馴染みだった古本屋を思い出す。
良い本がたくさん置いてあったその古本屋の店主と最後の日に阿部公房の話をした。
ご主人は「阿部公房だけは相当覚悟を決めて、読書をするという気概をもって臨まないとなかなか読めたものじゃない」と言っていた。
ご主人、お元気かな。僕の手紙をどんな気持ちで読んでくれたかな。
本当に、阿部公房は僕らの頭を悩ましてくる。困った男だ。


そして今日は、先日に記事にした『エメラルドグリーン』でご紹介した高村光太郎の命日。
彼の死は1956年4月2日で、今日で64年の歳月を迎える。
高村光太郎を思いながら散りゆく桜を眺めながら帰宅して、何気なく邦画を見ていると、その映画のなかで彼の代表作『道程』が紹介されてびっくりした。
光太郎が僕に何かを訴えているんだろうか。
せっかくなので『道程』を紹介して今日は閉めることにする。
もとは102行の長詩だが、今日では9行のものが一般的なのでそちらを。

僕の前に道はない
僕の後ろに道はできる
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた廣大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の氣魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため           大正3年 高村光太郎

                     写真 ©Shizuka Shiraki

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?