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映画”King Richard” 王国を貫く強き母の愛

映画”King Richard”、遅ればせながら観ました。評判どおり、素晴らしく面白かったです。自分が中学以来テニスをやってきたということもありますが、最初から最後まで一気に観させる映画でした。日本語での映画タイトルは「ドリームプラン」となっていて、映画の内容は、確かに、スリリングで感動的なストーリーでした。

今更紹介するまでもないですが、コンプトンというカリフォルニアの小さな黒人コミュニティから、テニス経験も皆無の父リチャードが二人の娘ビーナスとセリーナをテニスの世界チャンピオンにするという「ドリームプラン」がいかにして実現されていくのか、という実話に基づくストーリーです(主役のリチャードを演じたウィル・スミスとウィリアムズ姉妹のトークをYoutubeで見て知ったのですが、映画の中でビーナス役を演じたサナイヤ・シドニーがなんと「左利き」なのを数週間のトレーニングで右利きでプレーできるようになったというエピソードにはぶったまげました)。

ただ、この原稿を書くにあたって、「ドリームプラン」ではなくて”King Richard”としたのは、わたしとしては、この映画から受けた感動は、こちらのタイトルに沿ったポイントだったからです。

映画では、英語のタイトルどおり、ビーナス&セリーナの父であるリチャードを中心にストーリーは展開します。彼が人種ゆえに受けてきた差別や迫害に対する思いと、その思いに裏打ちされた強烈な信念によって作られた「王国」。それこそがウィリアムズ家であり、その王国に君臨するのがKing Richardなのです。

でも、わたしが感動してしまったのは、アーンジャニュー・エリスが演じた、ウィリアムス姉妹の母オラシーンです。映画では、どうしてもリチャードの強烈さが強く印象に残ります。しかし、ビーナスとセリーナが、リチャードのプランを完遂できると信じ抜く力を、その心に宿せたのは、母であるオラシーンによるところが大きかったのではないかと感じるのです。オラシーンは、ただ娘を思うだけの母ではありません。チンピラに殴られ怪我をして帰ってきたリチャードを優しく迎えたり、リチャードの教育が虐待だと警察に通報する近所の嫌なおばちゃんに「2度とするなよ」とビシッと抗議したり、そして何よりも、リチャードに対しても常にはっきりきっぱり物を言います。リチャードがビーナスから「子離れ」できたのも、オラシーンの強い言葉があったからです。そして、オラシーンがこのような行動をとれるのは、思ったことをはっきり言っても大丈夫だとリチャードをはじめ家族を心から信じている、そして何よりも自分を心から信じている強さがあるからだと感じたのです。

それを一番感じさせたのが、「子離れ」を強く促すシーンです。プロツアー参戦にリチャードが反対であることを知ったビーナスが家を出て行った後、リチャードとオラシーンが激しい口論になります。この中で、リチャードはオラシーンに対して「初めて会った時、本名を明かさなかった。他の連中同様、俺のことを馬鹿な黒人だと思ってたからだ」とか言ってみたり、二人の娘と一緒に努力してきたのはリチャードだけではないというオラシーンに対して「褒めて欲しいのか」とか「俺は何も助けてくれとは言ってない」とか言った挙句に「今いい暮らしが出来てるのは誰のおかげだと思ってる!」と言う始末。リチャードは、自分を動かしてきた動機が他人からの評価で あることと、オラシーンすら信じられない弱さを無意識のうちに曝け出してしまいます。これに対して、オラシーンは、自分は世界が自分をどう思おうと気にしない、自分は信仰のために頑張ってるんだ、と応じ、さらにリチャードに対して「あなたは失敗して世間の嘲笑を浴びることを恐れている」とズバリ核心をついた発言をした上で、「わたしは、あなたを馬鹿な黒人だと思ったことは一度もない」とリチャードを認めて信じていることを伝え、「ビーナスには、ビーナスの人生を選ばせるべきだ」とトドメを刺します。この口論の後、リチャードはビーナスのプロツアー参戦を認め、怒涛のクライマックスへと傾れ込んでいきます。

王様を叱り飛ばす強き母
(画像出典:https://www.cinemacafe.net/article/2022/01/25/76949.html)

この映画は、リチャードが受けてきた人種差別に対して彼が抱いている様々な感情が大きな背景となって、ドリームプランが実現に向かって進むストーリーが大きなドラマとなっています。しかし、その世間に対する「見返してやりたい」「認められたい」という感情ゆえに「王様」リチャードは、自分を信じ切ることができない。それを支えたというか、「王国」に真に君臨していたのは、世間の目なんぞ「どこ吹く風」で、とことんまで自分を信じることができる強さを持ち、(それはおそらくは信仰ゆえにでしょう)、それが故に二人の娘も、そしてリチャードも信じ続けることができたオラシーンの「強い愛」なのです。

King Richardが君臨する王国が、そのミッションを完遂できたのは、「強い母」の「強い愛」があったればこそなのです。


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