見出し画像

“昭和遺産”銭湯を舞台にした人間ドラマ 真木よう子主演映画『アンダーカレント』

 街に残る銭湯は、もはや「昭和遺産」と呼んでいいだろう。最盛期の1968年(昭和43年)には、全国に1万7999軒あった公衆浴場だが、2022年には1865軒にまで減ってしまった。施設の老朽化、燃料費の高騰、後継者の不在などが原因で、街の人たちから愛されてきた銭湯は次々と姿を消している。

 昭和の雰囲気を色濃く残す銭湯は、映画のロケにもたびたび使われてきた。『テルマエ・ロマエ』(12年)のようなメジャー系の大ヒット作よりも、浅野忠信とUAが共演した『水の女』(02年)、宮沢りえ主演の『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年)、犯罪サスペンス『メランコリック』(19年)などのミニシアター系の作品がより記憶に残る。2023年に公開された『アイスクリームフィーバー』や『炎上する君』では、高円寺の名物銭湯「小杉湯」がロケ地となっていた。さままざま人々が全裸になって、浮世の垢を洗い流すパブリックスペースに、ドラマ性を感じるクリエイターは少なくないようだ。

 今泉力哉監督の最新作『アンダーカレント』(10月6日より公開中)も、銭湯を舞台にした作品となっている。青年漫画誌「月刊アフタヌーン」に豊田徹也が2004年~2005年に連載した同名コミックの映画化。『さよなら渓谷』(13年)の真木よう子、公開中の『福田村事件』が話題となっている井浦新、『怪物』(23年)の永山瑛太といった演技力に定評のあるキャストを起用し、漫画のコマとコマの狭間の余白を味わうような人間ドラマが繰り広げられていく。

 主人公のかなえ(真木よう子)は亡き父が営んでいた銭湯「月乃湯」を継いだものの、共同経営者だった夫の悟が突然に失踪してしまい、途方に暮れていた。夫が何も言わずに姿を消してしまったことが、かなえには理解できずにいた。

 いつまでも銭湯を休むわけにもいかないが、人手が足りない。そこに銭湯組合から紹介されたという男・堀(井浦新)が現れ、薪焚き、薪割り、浴場の清掃を手伝うことになる。夫の代わりに身元のはっきりしない堀が入ることで、ひとまずかなえと「月乃湯」の日常生活が戻ってくることになる。

 夫の悟は、なぜ姿を消したのか。いま、どこにいるのか。大学時代の親友(江口のりこ)に勧められ、私立探偵の山崎(リリー・フランキー)に夫の行方を探らせることになる。悟は何か事件に巻き込まれたのか。生きているのだろうか。また、悟と入れ替わるように現れ、献身的に働く堀は、何者なのか。ふたつのミステリー要素が交差し、かなえの心の奥に沈んでいた遠い記憶を次第に呼び起こすことになる。

 本作を撮った今泉力哉監督は、岸井ゆきの&成田凌の共演作『愛がなんだ』(19年)が大きな話題となった。『愛がなんだ』も含め、片想いや一方通行の恋愛感情にこだわって描いてきた映画監督だ。今泉作品で描かれる一方通行の感情は、まるでメリーゴーランドのようにぐるぐると渦を巻くことになる。

そこにいない人を想い続ける今泉作品の主人公たち


 劇映画デビュー作『こっぴどい猫』(12年)以降、どの作品も高水準をキープし続けている今泉監督だが、ひときわ印象に残っているオリジナル作品が『退屈な日々にさようならを』(17年)だ。福島ロケ作品となった『退屈な日々に』は、すでに他界してしまった恋人の死を、ヒロインである青葉(松本まりか)は恋人の家族に伝えずにいる。恋人の家族はその死を知らずに、青葉を温かく迎え入れる。恋人の死を知らずにいる遺族と話していると、青葉はまるで恋人がまだ生きているような気になってしまう。ひょっこり顔を出すのではないかと。

 恋人の死を遺族に伝えないことは倫理的に許されないことだが、恋人の死を認めたくない彼女の気持ちは理解できなくもない。そんな相反する感情を、今泉監督は実に繊細に描いてみせた。おもろうて、やがて哀しき物語だった。

【under current】には、下層の水流という意味のほかに、感情や意見などの表面には現れない暗流という意味もある。表層だけを見ていては分からない、人間の暗部についてのドラマとなっている。かなえは失踪した夫のことを恨みながらも、そこにはいない彼のことを想い続けている。どこか謎めいた堀に対して戸惑いながらも、異性として意識している女の部分もある。かなえの胸の奥に渦巻く心の流れは、かなえ自身もうまく制御することができずにいる。

 舞台となる「月乃湯」は、千葉県市川市にある「石乃湯」でロケ撮影されており、原作のイメージのままの落ち着いた雰囲気で、原作コミックを愛読したファンも納得するに違いない。実際の「石乃湯」も、いまだに薪を焚べる昔ながらの銭湯だそうだ。人間の善の部分だけでなく、影の部分も含めて描いた『アンダーカレント』という作品に、実にふさわしいロケ地だと言える。市川方面に行く機会があれば、ぜひその湯に浸かってみたい。

 昭和遺産となった銭湯も、いなくなってしまった誰かを想い続ける気持ちも、やがては消える運命にあるのだろうか。良質の映画を見終えた満足感と共に、せつない気持ちも感じずにはいられなくなる。

映画『アンダーカレント』
原作/豊田徹也 脚本/澤井香織、今泉力哉 監督/今泉力哉 音楽/細野晴臣 出演/真木よう子、井浦新、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央、永山瑛太、リリー・フランキー
配給/KADOKAWA 10月6日より全国ロードショー公開中
(c)豊田徹也/講談社(c)2023「アンダーカレント」製作委員会


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?