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イスラエルによるイランへのミサイル攻撃

4月19日午前4時頃、イスラエルはイラン中部のイスファハーンにある空軍基地に向けてミサイル攻撃を実施した模様である。断定的に書けないのは、本事案では攻撃を実行したとされるイスラエルも攻撃を受けた側であるイランも、攻撃の事実を公式に認めていないからである。もっとも、双方の政府関係者や米国の政府関係者が匿名でメディアに情報を流しており、イスラエルがイランへのミサイル攻撃を実施したことはほぼ確定的な事実と見なされている。

いずれも攻撃の事実を公式に認めていないため、攻撃の手法や標的、実際の被害状況等は明らかになっていない部分が多い。各種報道を総合すると、イスラエルはシリア領空あるいはイラク領空において航空機から標的に向けて空中発射弾道ミサイル(ALBM)3発を発射した模様である。イラク国内ではイスラエルが保有するALBM、Blue Sparrowのブースターと思われる破片が発見されており、またシリア国防省はイスラエルのイラン攻撃と同時間帯の午前2時55分にシリア南部の防空施設が複数の空爆を受けたことを認めている。上記のことから、イスラエルの航空機はシリア領空に侵入し、イラク領空を経由するミサイル攻撃を実行した可能性が高いと推測されている

イスラエルによるミサイル攻撃は、イラン中部のイスファハーン北東部にある第8戦術空軍基地の防空システムのレーダーを標的にしたものと見られている。第8基地において防空システムが稼働したことはイラン側も認めている事実であるが、イラン側の主張では正体不明の小さなドローンへの対応だったと整理している。同防空システムは基地から北に100kmに位置するナタンズの核施設の防護も担っているためか、攻撃直後はナタンズの核施設が直接攻撃の標的にされたのではないかとの臆断がメディアやSNSで飛び交ったが、両施設の距離は大きく離れており(下地図参照)、核施設がある方面では攻撃や迎撃が確認されていないことから、現在は攻撃の標的は軍事基地の方であったと認識されている。

イスファハーン近郊の地図
出所: Google Mapより筆者作成

イラン側は被害の発生を否定しているものの、民間の衛星会社Planet Labsが攻撃の3日後である4月22日に第8基地を撮影した衛星画像では(下画像)、画像中央部に地面が焼け焦げたような跡を確認することができる。ここにはロシア製の防空システムS-300PMU2の30N6Eレーダーがもともと置かれていたため、イスラエルが発射したミサイルは少なくとも標的であるレーダーに着弾することには成功したものと思われる。イラン国営通信のIRNAは、焼け焦げた痕に見えるものはレーダーの影であると主張しているが、影の広がり方を考えればその説明には無理があろう。また、Economist誌によると、攻撃の翌日に30N6Eレーダーがあった場所に別の96L6Eレーダーが設置されていることを確認したとされている。これが事実ならば、イランが被害を隠蔽しようとしている証拠となる。

イスラエルのミサイル攻撃を受けたイランの第8基地の衛星画像1(4月22日撮影)
出所: Planet Labs PBC(AP通信2024年4月23日付記事より)
イスラエルのミサイル攻撃を受けたイランの第8基地の衛星画像2(4月22日撮影)
出所: Planet Labs PBC(AP通信2024年4月23日付記事より)

イスラエルによるイランへのミサイル攻撃は、4月13日にイランが実施したイスラエルへのミサイル・ドローン攻撃への報復措置と見られる。イランによる攻撃はドローン、巡航ミサイル、弾道ミサイルを用いた複合的な攻撃であり、史上初のイランによるイスラエルへの直接攻撃であったが、被害はイスラエル南部のネヴァティム基地の誘導路に小さな損害が出た程度で収まっており、イスラエルがイランに報復するとしても限定的なものに留まると見られていた。

イスラエルによる報復攻撃も、史上初めてのイスラエルによるイラン本土への直接的な軍事攻撃であったものの、規模が極めて限定的なものであったことから、事態は緊張の緩和に向けて動いていった。攻撃直後からイラン国内では海外から攻撃があったというのは事実でないと報じられ、イスファハーン市内は平穏であるとの映像を流し続けた。また、攻撃を受けてイランの国家安全保障最高評議会(SNSC)の緊急会合が開かれるとの報道が出回っていることに対し、SNSCの事務局は緊急会合を開く予定はないと否定した。攻撃を受けた側であるイランが攻撃の事実を否定している以上、イランは報復を実行する理由を持たないことになり、イラン・イスラエル間の直接的な軍事応酬は収束に向かうことになっていった。

他方、イスラエルがイランの防空システムに被害を与えることに成功したことは、戦術的に大きな意味を持つ。2016年頃のS-300の導入以来イランの防空能力の向上はイスラエルにとって懸念材料であったが、それを実戦において突破することに成功したことで、イスラエルは軍事能力の高さを示すことができた。今回のイスラエルの攻撃は単発的な報復に過ぎなかったが、わずか3発のミサイルで核施設を防護する防空システムを一時的に無力化したことは、より大規模な作戦を行えばイランに深刻な損害を与えることも可能であると証明したことになり、イランに対して強い牽制になる。特に、イスラエルが恐らくイラン領空を侵犯することなく遠距離からイラン中央部の軍事施設を精密に攻撃したことは、イスラエル領外においてもイスラエル軍が大きな制限を受けることなく高いパフォーマンスで軍事行動ができることを示している。また、レバノンやシリア、イラクの親イラン民兵を前線に配置して、イスラエルとの直接対峙を避けるための緩衝材として利用するというイランの戦略は、準有事の際には機能しないことが明確になったということも、注目すべき点であったと言えるだろう。

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