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記号【三次創作】

※注意。三次創作です。実在の人物や団体などとは関係ありません。

「十字は宇宙を表しています。宇宙という語の由来をご存知ですか。諸説ありますが、『宇』と『宙』の二文字によって、『時間』と『空間』、『天』と『地』など、対となるような概念の組み合わせ、すなわち、全体を表現しているといわれています。では、十字が宇宙を表しているとすると、十字の上にある、この三角屋根はなんでしょうか。そう、もちろん、外宇宙ですよね。または、外宇宙的なサムシングですよね。そして皆さん、もう一歩踏み込んでみましょう。三角屋根という外宇宙の右上、宇宙のアウトサイドである外宇宙からさらにアウトサイドへ飛び出しているもの、凸(つばく)んでいるもの、こちらの意味、既にお分かりの方は、すばらしい。今はまだ分からないという方でも、焦らないでオーケーです。このチャンネルでは、あなたが成長するためのコンテンツを毎日お届けします。コツコツと努力を積み重ねることが苦手だよ~というあなたも、大丈夫。私がついています。難しくありません。一緒に頑張っていきましょう」

様々なチャンネルを登録し、多岐にわたる動画に高評価をつけるなどしているからか、YouTubeからおすすめされる動画が、日に日によくわからない感じになってきている気がする。アルゴリズムとやらに試されている。こいつは何を好む人間なのか。音楽。ゲーム。Vlog。教養。何年も前の動画。過去に二、三桁回、再生された動画。いつかどこかで、収められた映像や音声。習っていない言語。

「おーい、”W”ー」

「はーい」と私は”B”ちゃんに返事をした。誰かをウチに泊めるなんて初めてのことで、どこか落ち着かないような、でも、意外と大したことないなというような、そんな気持ちだった。出来事を振り返るとき、出来事の詳細、当時の心境などは、思い出しているというよりかは作り出しているというイメージが、わくときがないとはちょっとだけ言い切れない。なんとなく私は、エイリアンだ。いつからそうなのだろう。

明かりを消した暗い部屋で、隣で寝転ぶ彼女に、何かを問いかけようと思った。何を質問しよう。サンタさんをいつまで信じていたか、とか。ナンセンスか。子供ができたら私の価値観をどう伝えようか、考えることがある。まず私は、サンタさん・サンタクロースについてどのような意見を持っているのか。言語化に苦しむ。信じる・信じないは本当にただの(物事の捉え方の)違い、これといった理由なしに語彙にこだわるなら差異でしかなく、優劣をつけてもしかたがない。言う甲斐無し。論破とか真実や正義の勝利とか、推奨されない。もういいから眠りに落ちるか。

「ねぇー”W”、好きな人いる?」

「えぇー……」と私はまさにテンプレート通り、いかにも睡眠を邪魔されたくない乙女であるというふうに、低く小さく、答えた。

「いいじゃん、二人だけの秘密にするからさ。教えてよ」

”B”ちゃんは寝返りを打った。

「”W”のことが心配なんだよ。あまり友達の多いほうじゃなさそうだし。私らぐらいの年齢だったら普通……いや、いい、何でもない」

普通。この世の中、現実に、(誰にでも通じる)普通というものはないとされよう。普通という概念を会話に持ってきたら、それは、発言者にとって都合がいい普通だ。発言者は優位に立つため、主張を通すため、勝つために、普通を持ってくる。そういう捻くれた考え方もある。いや、捻くれていないかもしれない。普通かもしれない。

今日、改札から出られなくて困っていた人、ハンサムだったな。とっさに英語で話しかけたけれど、私は失礼な言い回しを選んでなかったかな。あれは駅側の案内が悪い。不親切だ。ICカード専用改札口であることを、日本語以外で書いてなかった、と思う。私だっていつも使う出口ではなかったから知らない。あの駅に臨時改札口なんてあったんだ。あれっ、今日は何曜日だったっけ。どうも身体は疲れている。たい焼きを食べたな。

そういえば昔、土曜日と結婚した男がいると聞いた。現代だ。あるいは未来だ。未来に生きている。もっともっと未来では、恋愛や結婚はどうなっているんだろう。AIやロボットはかなり人間らしくなっているだろうから、もしかしたら。……人間。ヒューマン。マン。男。なんだかんだ、人工音声は女性のものが今は主流派ではないかしら。どうしてでしょう。そういうの、性愛未来学かなんぞで取り扱ってはおりませんでしょうか。

「……”W”は”B”のこと、好き?」

好きだからといって好きだと伝えて、それで、どうしたというのか。どうするというのか。なんというか、一方的。私は私。あなたはあなた。相手の心の中をみることはできない。他人の全ては分からない。自分の全ても分からないのに。常に同時には分かり合えない。私がここにいる時、他のどんなものも私に重なってここにいることはできないはずだ、たぶん、普通は。だから、それぞれに別の世界観がある。ねちねちと続けて、ざっくりと説明すれば、自分しかいないという独我論・唯我論や、自分はいないという無我論なんかもある。でも、まあ、とにかく、おそらく、そういうことも踏まえた上で、ここにいる私は、そこにいるあなたが好きだ。

論理を組み立てて判断する、ということが、特別得意というわけではないから、すっかり消耗してしまって、好きだよ、と言葉にした感覚が、夢のものか、現実のものか、ぼんやりしていて分からない。

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