「超過懸垂委任」[その3] Das Überhangmandat (ダス ユーバーハング・マンダート)[その3] 

 前々回の、2021年11月8日付けの、同名の投稿を読まれると、Das Überhangmandat (ダス ユーバーハング・マンダート)が、なぜ「超過懸垂委任」というふうに直訳されるのか、また、ドイツの選挙制度もどのようなものであるかをよく理解できるはずであるので、前々回の投稿をまず読まれてから本稿を読まれたい。

 それから、前回の、2021年11月16日付けの、同名の投稿では、ドイツの選挙制度の問題点と、その問題解決のための、素人ながらの、筆者の提案も挙げてあるので、こちらも読まれたい。それを前提に、本稿では、必要な部分を前の投稿から繰り返しながら、ここ数ヶ月、ドイツの選挙制度の「改革」がドイツでは話題になっているので、このテーマで話しを進めたい。

 まず、選挙制度における、ドイツと日本の違いである。日本では、小選挙区制と比例代表制を連動させない、いわゆる、小選挙区・比例代表「並立」制であるが、ドイツでは、小選挙区制を取り入れながら、比例代表制に基本を置く、いわゆる、小選挙区・比例代表「併用」制であることである。

 つまり、ドイツの選挙制度の考え方の核心は、如何に比例代表制で各党が獲得した票数の割合を出来るだけ正確に議会に反映させるかにあるということである。社会民主党、緑の党、そして、自由民主党の、三党による連立政権が、2023年1月に連邦議会に提出した選挙制度改革案も、この立場が貫かれている。

 これを受けて、選挙人が持っている二票を、これまで、小選挙区用の一票を、「第一票」と、比例代表制用の一票を「第二票」と呼んでいたものを、それぞれ、「選挙区用票」と「主要票」に呼び替えるというのである。

 次に、ドイツの「比例代表制・小選挙区併用制」の最大の問題点は、「超過懸垂委任」、即ち、「超過議席」により、ドイツ連邦議会の議員数が膨張することである。現在の第20回連邦議会(Der Bundestagデア ブンデス・ターク)は、総議席736議席(デンマーク系少数派の1議席を含む)という大所帯で、本来、598議席であるところが、154議席増の736議席となっており、世界の民主主義国家中、最多の議員数を保持しているである。

 そして、今の選挙制度を変えないかぎり、この膨張は続き、将来は、800議席を越えるかもしれないという懸念が、ここ10年以上来、ドイツ国内では強いのである。故に、ドイツの各政党は、この議員数を減らすという点においては、全党一致している。問題は、如何に数を減らすかである。

 この議員数の「膨張」の原因は、小選挙区299から選出される、各党派の議員数と、ある政党が比例代表制で獲得する投票率で割り当てられるべき議員数とのずれにある。

 例えば、南ドイツのバイエルン州の地方政党CSU(ツェー・エス・ウー:キリスト教社会同盟)である。このバイエルン州で「足腰の強い」CSUは、前回の連邦議会選挙で、バイエルン州46選挙区中(人口比率、約12万人に一選挙区の割合)で、45勝と、いつものように大勝した。他の党では、緑の党がミュンヘンでかろうじて1議席を獲得したのみである。この45議席に、このCSUの姉妹政党であるCDU(ツェー・デー・ウー:キリスト教民主同盟)の、小選挙区からの98議席を合わせると、143議席となる。

 この143を全選挙区数299で割ると、47,8%なり、この数値を、比例代表制での、両党の得票率24,1%と比較すると、明らかに「超過」している。故に、この分を「超過議席」という。この超過議席分をそのままで認めるとすると、他の政党に今度は、超過議席分に相当する、「均衡補正議席」を与えなければならないこととなり、ドイツの連邦議会は、この「超過議席」と「均衡補正議席」のせいで、膨張することになるのである。

 という訳で、連立政権の選挙法改正案は、まずは、この「超過議席」を認めない案とし、総議員数を598議席を上限とするものとして出された。「超過議席」がなければ、「均衡補正議席」も必要がない訳で、これで以って、議員数膨張の問題は解決できるが、これまで、「超過議席」を認められていることで、「優遇」されていたCDUやCSU、とりわけ、CSUが、政府案に反対するのは、火を見るよりも明らかであろう。

 選挙区で住民に身近な政治家が選挙運動をすることで、住民と政治家の乖離が、少なくとも阻まれえる訳で、その意味で、このことは、間接政治たる議会制民主主義において必要なことである。また、比例代表制に、より比重を置けば、州レベルの候補者リストの決定において、党中枢部の権力がより強まり、党内民主主義が脅かされる危険性が高くなる。(日本で、派閥対立が弱まり、いわゆる「安倍一強」が現出したのも、現在の日本の選挙制度にその一因があるのと、同様である。)

 これに対し、現野党のCDU/CSU側は、小選挙区の数を、299から270区に減らし、今まで同数の299議席とされていた比例代表制部分の議員数を320まで引き上げることを提案している。これにより、「超過議席」は完全には抑え込みきれないものの、少なくとも「被害」は最小限に食い止められるという訳である。実際、これでどれだけの効果があるのか、多くのシュミレーションをして、検証する必要があるであろう。同時に、選挙区の変更は、容易な技では出来ないことも、真実である。

 残りの野党では、政府案にどう反応しているかと言うと、まずは、極右を含む右翼ポピュリズム政党AfD(アー・エフ・デー:ドイツのための選択肢)は、政府案は我々が元々提案している改制度案であるとして、これを前面的に支持している。(ただし、比例代表制部分の候補者リスト順については、AfDは、独自の案を出しており、選挙民が数票を持ち、その投票数により、候補者のリスト順位が決められるべきであるとしている。)

 一方、左翼党は、小選挙区数299を維持しつつ、選挙人の年齢を18歳から16歳に引き下げること、外国人にも一定以上の滞独年数を越した者については参政権を与えること、比例代表制の候補者リストで男女の比率を公平にすることなどの逆提案している。とりわけ、左翼党が選挙区数をそのままに維持することに賛成なことには、ある訳がある。

 それは、小選挙区制に関して、以下に述べる規定が廃止されることで、党の存立が重大に脅かされるからである。ドイツでは、民族的少数派政党には該当しないが、州レベルの議会選挙を含めて、多党化を防ぐために「5%阻止条項」という制度がある。これは、比例代表制部分で得票率5%を越えない政党は、議会に議員を送ることが「阻止」されるという制度である。そして、前回の議会選挙で、左翼党は、比例代表制の得票率4,9%であった。それにも関わらず、今議会で左翼党が39議席を保有しているのは、それは、この阻止条項の例外規定で、全国の小選挙区で、3議席以上を獲得すると、阻止条項が無効となり、その得票率に従って議員が配分されることになっているからである。左翼党は、ベルリンの12議席中2議席を、また、東部ドイツのザクセン州で1議席を小選挙区制で獲得している。この例外規定に関しては、CDU/CSUの改革対抗案は、3議席から5議席まで引き上げようと言っており、一方、政府案は、この例外規定を無効にしようと提案している。そうなれば、選挙制度としてはシンプルにはなるが、この措置が成立すれば、現在党勢が傾いている左翼党にとっては、次回の議会選挙で致命的なものとなろう。

 以上、今回の改正案で問題になっている事項の一部を述べたのであるが、筆者は、前回の、同名投稿で以下のような提案をしていた:

 1.まず小選挙区の数を減らす。今のところ約12万人に一人の議員の割合であるが、これを一小選挙区15万人に引き上げれば、今までの4分の1は減らせることになる。現在299の選挙区の4分の1は、74,8なので、仮に74議席を減らして、225小選挙区とする。

 2.超過議席は、それでも避けられないが、小選挙区戦に出した候補者は、比例代表の州候補者リストの必ず上位を取らせて、小選挙区・比例代表制の重複立候補として、比例代表制を以って、できるだけ超過議席を吸収するようにする。

 3.超過議席が出た場合は、それを州レベルの得票率で計算するのではなく、連邦レベルでも超過議席数を相殺するようにする。

 筆者の1の提案は、CDU/CSUの、改正案への逆提案(小選挙区数270)に沿っており、さらに45議席を削る、よりラディカルな提案になっている。政府案がなぜにこちら方向での動きを見せないのかは、選挙区を変えるのは至難の技であることから、まずは、選挙区数をそのままにして、事態を変えようという姿勢から来るものであると推察できる。

 筆者の提案2と3については、政府案、野党案においてどれだけこれを考慮に入れられるか、定かではないが、23年3月中旬時点で、連立政府は、野党の逆提案を受けて、次のような妥協案を出してきていると言う:

 1.選挙区数は、299区とする。
 2.比例代表制の部分は、331議席とする。
 3.合計で630議席を上限とする。
 4.5%阻止条項を貫徹し、例外規定を廃止する。

 2の部分が野党CDU/CSUへの譲歩の産物で、比例部分を32議席増やし、それによって「超過議席」を出来るだけ吸収しようという訳である。

 では、吸収できなかった場合、どうするか。筆者の提案3「超過分は連邦レベルで相殺する」は、CDU/CSU側も既に提案してある所である。筆者の提案2に関しては、比例代表制での得票率分の小選挙区当選者が連邦議会への切符を手にするということでは、部分的にこれが該当している。問題は、それでも超過している部分をどうするかである。

 政府案では、州内での小選挙区当選者をその得票数/得票率で順位付け、比例代表制での得票率分の議員数を順位一位から取っていくが、それ以上は、認められないことにしたのである。ということは、ある選挙区からは、その選挙区で最大の票を集めた議員が選出されない可能性があるということになるのである。

 とりわけCSU側が、これは反民主主義であると政府案を批判しているが、自分達が選んだ候補者が議会に選出されないかもしれないということは、住民の政治離れを助長する懸念を否めないのは確かである。この点は、他の党の比例代表制分の得票率から、当該の選挙区で第二位、第三位になった候補者に議席優先権を与えるという措置が可能であるかもしれない。

 上述の政府修正案が、こうして23年1月下旬の第一読会、2月の公聴会、3月中旬の第二読会を経て、3月17日に連邦議会で採決された。

 賛成が399票、反対が261票、棄権が23票で本案は可決された。736の総議席の過半数が、369票である。但し、連立政権党の議員数の合計が412議席であるから、与党側の13議員が本案に賛成しなかったことになるが、欠席分もあり、23票の棄権票の内、どれだけが与党側議員票であることは分からない。しかし、与党社会民主党の二名の議員が反対をしていると言う。CDU/CSU及び左翼党は、採決後早速、この事案を憲法裁判所に提訴して、本法律の違憲性を争う旨、表明している。早期解散がなければ、連邦議会の次の選挙は、任期が4年であるので、2025年10月の予定である。新しい選挙制度の下、どのような結果が出るか、また、本当に630議席で止まるのか、誠に興味深い所である。

 何れにしても、日本維新の会が提案している「憲法裁判所」は、司法に政治の介入を許す提案で、いただけないが、ドイツの、政治から自立を保つ「憲法裁判所」が、ドイツの民主主義の発展にいかに大きく貢献しているかは、日本の選挙制度が比例代表制度を軽んじていることと併せて、日本人としてよく知っておきたい事柄ではある。

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