「邦(くに)から遠い」(1) staatsfern (シュターツ・フェアン)(1)

 まず、der Staat(デア シュタート)という男性名詞と、das Land(ダス ラント)という中性名詞と、どちらも場合によっては「国(くに)」と訳すことができる二つの言葉が、それでは、それぞれの言葉のニュアンスとして、どう異なるのかというところから始めよう。

 「日本」をいつもJapanヤーパンとだけ記述するのは芸がないので、日本のことを書くドイツ語の新聞記事には、よく、言い換えとして、訳して、「日が昇る国」という言い回しが出てくる。この時の「国」は、ドイツ語で「Land」である。「祖国」と訳すことができる言葉「Vaterlandファーター・ラント」、つまり、ドイツ語では、「母国」ではなく、「父国」となるが、この時も「Land」という言葉が使われる。「Land」には、また、農業の意味である「Landwirtschaftラント・ヴィrルトシャフト」、直訳して「土地経済」に出てくるように、「土地」のニュアンスが掛かっているのである。これが、「Staat」という単語に対する、大きな差異であろう。

 一方、「Staat」という言葉は、USAの「S」の部分に登場するように、英語の「state」と言葉としては繋がりのある言葉である。連邦国家であるUSAは、個々の「州」が「連なって」「国家」を形成するので、「連邦」組織を「国(くに)」とすれば、その下位組織は「州」となる訳であるが、それぞれの「州」自体が連邦に対して自立的な政治組織体であるので、それで、「state」、つまり、「邦(くに)」ということになる。ゆえに、USAとは、「合衆国」でも、「合州国」でもなく、「合邦国」なのである。

 ドイツでも事情は同じであり、16ある、各州は、それぞれが「憲法」を持っており、ゆえに、ドイツも、言葉の真正な意味での「連邦共和国」になるではあるが、ことはそう簡単ではなく、ドイツ語で「州」のことを「Land」と呼ぶのである。それぞれの地方での、「土地」と関わってきた、「歴史的に発展してできたもの」が、ここでは表現されているのであろう。因みに、Landの複数形は、Länderレンダーであり、中の母音が変音化し、語尾に-erが付くという、記憶するのに気力が要る単語である。

 という訳で、基本的に、LandとStaatとは、殆んど同義語として使ってもいいのであるが、ただ、ある国家内の独立な政治組織体を表現するには、「Staat」という言葉が使われると理解していい訳である。

 では、「staatsfern」という言葉を見てみよう。この言葉の中にある「-s-」は、ここでは、「~の~」の「の」に当たり、「fern」とは、「遠い」という意味の形容詞である。「遠い」は、「~へ遠い」か「~から遠い」の意味を持つが、ここでは、「~から遠い」の意味で使われており、それで、表題にある通り、「staatsfern」を「邦(くに)から遠い」と直訳した訳(わけ)である。

 さて、「遠い」という、日本語の形容詞は、面白いもので、「遠く」とすると、「遠く離れる」という風に、副詞として使うこともできるが、「遠くに行く」と言うように、一旦名詞化し、これに助詞「に」を付けて使うこともできる。ドイツ語でも似たような現象があり、「fern」で、形容詞的、副詞的に使えるものが、「Ferne」とすると、これが名詞化するのである。という訳で、staatsfernを、die Staatsferneと女性名詞化し、「邦から遠いこと」とすることも可能なのである。

 以上の説明で、staatsfernというドイツ語の言葉の、合成語としての在り方や意味的な背景が理解できたと思えるが、それでは、ドイツではこの言葉をどういう社会的文脈で使うのであろうか。

 実は、この言葉は、メディア関連で使われるのである。民主主義において、思想の自由、表現の自由は、欠かせない基本的人権である。この人権を保障する一つの重要な要因は、メディアが様々な情報を発信し、市民がその発信された情報を基に、自らの意見を形成できることである。このことにより、政治に対する、市民の主体的な「アンガジュマン、参加」が可能になる。ゆえに、メディアが国家によって統制されていないこと、つまり、メディアが「staatsfern邦から遠い」ことは、三権分立と並んで、民主主義を支える根幹の一つである。しかも、ドイツでは、戦前のナチス政権の下、「宣伝省」なるものが存在した、歴史的に「苦い」経験がある国である。その意味でも、「Staatsferne邦から遠いこと」に置かれる、政治的・社会的な「重み」は大きいのである。

 以上のような、ドイツ社会での文脈で使われる「Staatsferne」が、それでは、現実のドイツ社会で組織的にどのように保障されているのか、そのことについては、次回の投稿で述べてみたいと思う。

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