聖別されるべき夜の、鯉  der Weihnachtskarpfen (デア  ヴァイナハツ・カrルpフェン)

  まずは、Weihnachtという言葉から行こう。この言葉自体は、今は死語と化している言葉であり、普通は、Weihnachtenと無冠詞で使われている。これで、12月25日、26日の二日のクリスマスの祝日を意味する。Weihnachtという言葉は、weihenとNachtの二つの言葉が本来組み合わさってできた複合語である。weihenヴァイエンとは、動詞であり、「聖別する、清める」という意味である。この動詞の中に入っているh字が存在することで、何かこの動詞の意味と掛け合って、この言葉にある種の神秘性を与えていると感じるのは筆者だけであろうか。

 一方、die Nachtという女性名詞は、複数形が、Nächteとなる。ここからも、Weihnachtenが特別な形をしていることに気づかされることであろう。因みに、Nachtの中にあるch音の発音であるが、喉の奥で空気を摩擦するように発音する。

 Weihnachtという単語自体は今は死語と化したと上述したが、これにs字を語尾に付けると、色々な複合語を作ることができる。その意味で、このs字は、日本語の、二つの名詞を結びつける「~の~」と同様の機能を持つものと言える。

 それでは、der Karpfenという男性名詞である。Kar-の部分のr字については、いつも筆者が言っている音節の〆に当たるr字で、長母音として「カー」と処理してもいいのであるが、できれば、喉の奥で空気を摩擦させるように、喉の奥を少し狭めて発音すると、なおよいであろう。pf字については、ここでは、フェを発音するようにし、その際、両唇を閉じてしまって一気にフェと発音するようにすると、より原語の発音に近くなる。ゆえに、この単語を、「カrルpフェン」と表記した。

 以上説明されて、読者は問うであろう:なぜ鯉がクリスマスに関係してくるか。

 13日の金曜日が「不吉な」な、数と曜日のコンビネーションであることは、大方の方が知っていることであろう。ここでは、13という数字は置いておいて、なぜ金曜日であるかと言うと、この曜日にイエスが十字架に掛けられたからである。ゆえに、キリスト教に信仰深い人は、この曜日に肉を食べることを控える。肉の替わりに魚を食べるのである。ドイツ・レストランで金曜日の昼の定食に魚料理が出てくるとしたら、そこには、この信仰上の背景があることを理解しておいてよいであろう。

 筆者の、随分前のドイツ留学中の経験である。南西ドイツの、ある大学町で金曜日に、ドイツ語で「Mensaメンザ」という学生食堂に行くと、定食は、決まって魚料理であった。それが嫌な人には、もう一つの選択肢があり、それが、Milchreisミルヒrライスである。恐らくイタリア製の丸形の米をミルクで炊いたもので、お粥を牛乳で煮たような感じである。これに、シナモン入りの粗目の砂糖を少々まぶして食するのである。筆者も最初は挑戦してみたが、美味しくないので、その後は敬遠していた。たまに再度チャレンジし、それで丼ぶり一杯の、この「ミルクライス」が食せるようになったら、それが、本当にドイツ留学に慣れた証拠であると言える、そんな料理である。

 何れにしても、宗教上節食をする場合には、ドイツ人などは、魚を食べるのである。という訳で、とりわけ、待降節の最終日となる12月24日の「聖なる晩」には、節食の意味を込めて鯉を食べる風習が、ドイツ(とりわけ、フランケン地方)、オーストリア、チェコ(とりわけ、ボヘミア地方)、スロバキア、ポーランド(特にシュレージエン地方)等にあるのである。24日はキリスト生誕の夜であるが、その夕方に夕食を食べる場合には、キリストの生誕の前であることから、金曜日に魚料理を食べるのと同様に、肉食を避けるのである。ただし、この2022年11月に取られた、あるアンケート調査によると、クリスマスに魚を食べようと考えている家庭は、全体の16%のみであり、カモやガチョウのオーブン料理を食べようと予定している家は、合計で47%を数えると言う。一番パーセンテージが多いのが、ジャガイモのサラダ付きの小ソーセージで、これが36%であると言う。蓋し、クリスマスの晩の食事としては、極めてつつましいと言えるであろう。

 では、その食べるべき魚が、なぜに鯉という淡水魚になるのであろうか。

 ヨーロッパの鯉は、元々はアルプス山脈以北、ドナウ川流域に生息していたもので、これを古代ローマ人が食用に飼うことを始めだし、こうして人工の沼などを使って鯉を養殖するようになる。中世には、この繁殖力と生命力の強い魚を、節食の意味も込めて、キリスト教の修道僧たちが、ヨーロッパ各地、とりわけ、中部ヨーロッパ、東ヨーロッパに広めたという。因みに、2021年度のドイツ国内における鯉の養殖トン数は、約4千5百トンであったと言う。

 この養殖漁としての飼育のやりやすさに加えて、鯉には色々な言われがある。鯉が骨やトゲが割と多いところから来るのであろうか、鯉の頭部にはイエス・キリストの受難に使われた拷問のための道具が詰まっていると言うのである。同様に、鯉の頭の骨を組み合わせると、そこに鳩を思わせる鳥の形態が造形されうると言う。もちろん、ここにはキリスト教の三位一体の一つである精霊の形象がイメージされるあろう。さらには、鯉の目の上の部分には、月形の小石が隠されてあり、これをクリスマスの時に見つけた者には幸せが訪れるとも言われている。

 この「小石」という点に絡んでは、「鯉の石(lapis carpionis)」と呼ばれる物もある。これは、鯉の後頭部と背骨の第一関節の間に位置している上顎の軟骨盤である。この、灰色がかったレンズのような形をした「石」は、集められて首飾りの「石」となったり、「石」を削って、何かと一緒に摂取すると、腹痛に効き目があったり、悪い目が良くなったりすると言われていた。同様に大晦日に食べた鯉の「石」を財布に入れておくと、一年中、金回りには心配することがないとも言われていたと言う。この点は、正に神道的なお金関連の現世主義的な人間の欲求に応えるものであるが、鯉の鱗もまたコインの形に似ているところから、クリスマスの時期に食べた鯉の鱗を乾燥させたものを身に付けていると、翌年にはお金が儲かるチャンスに恵まれると言うのである。

 という訳で、鯉は何も12月24日だけに食卓に上る訳ではなく、大晦日(Silvester「ズィルヴェスター」という)にも食するのである。とりわけ、東欧などでは、鯉は、r字が入る月、つまり、9月(September)から翌年の4月(April)まで食すると言う。

 鯉の料理方法は、地域によって若干異なり、ドイツの南の州バイエルン州の北東に位置するフランケン地方では、一匹の鯉を頭から尻尾に掛けて横に二つに切断し、これをそのまま衣を付けて油で揚げて出す。キュウリのサラダ、茹でジャガイモ、ポテトサラダが添え物として出されてくる鯉料理は、カリっと揚がった尻尾も食べられ、これがまた美味しいのである。一方、ドイツ北部、北海沿岸の地域では、鯉を水煮にして卓上に乗せる。これを、「Karpfen blauカrルpフェン ブラオ」という。水煮されたことで、鯉の皮が青い色に見えることから、そう呼ばれるのである。マスの料理方法でも、水煮をすると、この「ブラオ」という名称が付く。

 とりわけ、水煮で調理する場合は、調理する数日前に生きたままの鯉を水槽に飼っておき、鯉のエラを取り除いてから、若干水に酢を入れて煮るとよいと言う。こうすると、水底で生息している鯉の身の泥臭さがある程度、取り除けると言う。この目的のためには、場合によっては、鯉の身を数時間、バターの製造過程で副産物としてできてくる「Buttermilchブター・ミルヒ」(「バターミルク」とでも訳そうか)に一晩漬けてから調理するとよいと言う。これは、さすがは、畜産文化が発達しているヨーロッパならではの知恵であろう。

 という訳で、クリスマスの時期、とりわけ、東部ドイツを訪れる旅行者の方には、クリスマス・マーケットのみではなく、以上述べてきたドイツの「鯉料理」も、一度はお試しいただきたい、ドイツの季節料理の一つであろう。Guten Appetit!グーテン・アペティート!召し上がれ!

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