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意識と無意識は、意志・自由意志と如何に関わるか?

【総集編】この世で最も謎に満ちた"意識の正体"がヤバい!「私」の存在とは?生命とは一体なんなのか?【都市伝説 意識 生命 宇宙】 - YouTube

 先ず初めに、「くろ丸」さんが「都市伝説のエンターテイメント」として発信されていることに、驚きます!!これほど情報調査収集され、まとめられて「都市伝説」と言われるのは、よほどのご謙遜なのでしょうか?そのあたり、また発信して教えて下さい。  
 
 さて、この動画に対して、というか、この動画で紹介されている問題についての理解に対して、思うところを記します。
 
 それはここで「意志決定」としている内容が、本来の「意志」の内容とは違うことに気付くべきであると思うことに関してです。  
 この動画で紹介されて「意志」「決定」としているのは、たんに「身体が制御されて行動に至る」ということを示しています。身体制御については、よく知られている様に、自転車の運転の状況を眺めれば理解できます。  
 運転を覚える初めの頃は、一般的な言い方で、「運転しようと意識してしまって」上手く乗れません。しかし繰り返し乗ってみて、身体制御の延長、即ち、身体器官を延長・補助する道具である自転車にまで制御範囲が及ぶと、上手く乗れるようになっていきます。これは乳幼児が身体制御を覚える手順と、何ら変わることではなく、徐々に身体制御を覚え歩いたりすることができるのと、同じでしょう。そして覚えれば、一般的な言い方で、無意識に身体制御をして、歩いたり、自転車運転をできるようになります。熟達して身体制御ができている状態では、「〇〇しようと意識して」ということはなくなるわけです。逆に無意識化して普通に歩いていても、何かの「ゆらぎ」がそこに与えられると、変な意識化が働いて上手く歩けない、足がもつれてしまう、ということがあるわけです。  
 
 さて冒頭の問題に戻って、本来の「意志」と言ったことの理解に話を進めます。  
 今見たように、この動画で意志決定と言われているのは身体制御をするということに結び付けられています。しかし脳には生まれた時点で血流の流れと、準備電位で情報の流れが発生し、そこに入力・出力による身体制御も行われ、反射・自律運動が自然に(機械的に・自動に)可能になっていきます。これが、無意識のレイヤーで展開している行動だと言えます。  
 この状態から感覚器官等を経た情報を記録・記憶する作用だけでなく、編集する機能が発達し、その作用が「世界モデル」を形成するようになると、「意識」のレイヤーが現れると思います。これが主観意識であり、クオリアを感じているとされる作用です。「世界モデル」については、ロボマインド・プロジェクトの田方篤志氏は「仮想世界」と呼ばれています。また、それを主観的に受け取ってる意識を、前野隆司氏は「受動意識」と表現されています。お二人とも、くろ丸さん同様に多くの研究情報を参照され考察されていらっしゃいますので、そこでまとめられた先行研究は前提として、ここでは触れないでおきます。  

 いづれにせよ、この意識のレイヤーにおいて冒頭の「本来の意志」についても考えるべきだと思います。すると主観意識が観ている世界モデルには、構築されたモデル世界のレイヤーが幾つもがあり、意識に上った際の認識フレームで、対象のプロパティが示されるシステム層が定められると思います(客観世界とこの主観意識の世界モデルにおける対象が、1対1の対応が正しい時、真理とされ、異なると誤謬になりますが)。  
 ここで目先の行為についての判断なら、主観意識の目先に位置付けられた世界モデルのレイヤーで為されます。「さあ、自転車に乗ろう」と思ったら・意志したら、自転車まで行き、上で見たように、いざ運転となると無意識の出入力で制御します。  
 これが自動車を作るとか建築物を建てるとかの行為、さらに人生の途を決める判断等になると、世界モデルは何層にも成ったものを眺め、認識を深め、思考を巡らせるという様な複雑な判断になります。ここでは主観意識は、決して無意識層が実行している身体制御情報の流れに対して、後発しているとは言えないと思います。こうした場合では、何層にも重なる世界モデルを、いわゆる世界観と呼ばれている拡張モデルとして主観意識は眺め、その上で「意志決定」をせざるを得ないでしょう。「自由意志」と古来から呼ばれている働きは、こうした世界観の上でシミュレーションをした結果として判断する働きではないでしょうか?

 最後に、くろ丸さんの宇宙意識仮説については関連する考察を、『単一電子仮説と単一知性説』と題してnoteにアップしましたので、ご興味があれば見て下さい。

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