映画『サンドラの小さな家』を観て

 観る前に抱いていた期待は、いい意味で裏切られた。『サンドラの小さな家』はDV夫から逃げて棲む家を失った母親が、自力で家を建てようとする話である。筋は知っていたけれど、驚いたのはその強さ。子どもを守りつつ、暴力に怯えながら生きる女性のつらさ、公的支援をなかなか受けられない弱い立場の人たちの今が、画面を通して強く訴えかけられる。

 それもそのはず、本作は主役のサンドラを務めたクレア・ダンが友人の窮状を聞き、原案を考え脚本を執筆した物語なのである。本当に強すぎて途中、最後まで完走できるか心配になったほどだった。同時に受け止めなくてはならないことだともわかっていたけれど。
 サンドラは運良く仲間たちに助けられ、念願の家づくりに着手できる。フィクションならではの理想と捉えられるかもしれない。でもこんなふうに人々が助けあう世界になってほしい、それがクレアが作品を送り出した理由なのは自明である。

 着目点はいくつもあるけれど、一つ選ぶなら私は子どもたちへの愛と迷いを挙げたい。郊外のホテルの狭い部屋での3人暮らし、週末ごとにある父親との面会など新しい環境は子どもたちに不便や無理を強いてしまう。母親が避けて通れないのはその状況は親が選び取ったものであること。最良の選択であったと後々説明できるだろうが、二人に対して詫びる気持ちや後ろめたさはあるだろう。娘たちにとっては夫がいる家に入り、祖母が作るアツアツのフレンチトーストを食べられたほうが幸せか、と繰り返し自問したかもしれない。遊ぶ場所がホテルの駐車場でいいなんて、どんな親だって思わないからだ。そんな母親が抱える葛藤がサンドラの目線や子どもたちとのスキンシップなどシーンの細かなところに滲んでいて、胸に迫る。

 一つといったけど、もう一つ(笑)。自分で家を建てるなんて建築分野を学んでいるか、仕事として携わってなければ考えつかないものである。けれどサンドラは実現した。彼女の本気が現実を引き寄せたのであった。切羽詰まっていて、やるしかなかったけれど、できるかどうかよりも、前に進む人に力が宿るのだと感じた。

舞台はアイルランドのダブリン。監督は『マンマ・ミーア!』を手がけたフィリダ・ロイドが務める。


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