縁は円だと体感した日

今エルサレムでこの記事を書いている。旧市街ジャッファゲートを出てすぐのホテルにいる。
その前にいたのはロシア、モスクワだった。
福岡からソウル、そしてモスクワに飛び、テルアビブに降り立ちエルサレムに来ている。

モスクワで7年ぶりにアンドリューと会った。ロシア人の友人だ。姉弟のような関係性で気を使わない大切な人だ。トランジットをわざと長めにしたのは彼と会うためだった。
この7年、二人共劇的に環境が変わった。

アンドリューは6年前にモロッコ人女性と結婚しモロッコへ移住した。その時イスラム教に改宗している。しかし数ヶ月で離婚し逃げるようにしてモスクワへ戻った。イスラム教も捨てた。
今はゾクチェンを勉強しヤントラヨガを練習しアシュタンガヨガを教えている。ヨガの生徒だったオリガと結婚し4歳になるソフィアという天使のような娘がいる。キッズだと思っていたアンドリューが父親だ。

わたしは7年の間に日本、マルタ、ドイツに引越しを繰り返し日本に戻っている。引越し回数は8回。変わったことはパレスチナが大好きになったことだ。
その最初のきっかけは間違いなくこのアンドリューだ。彼がいなかったら中東に行くことは憧れのままだったと思う。

7年前インド滞在中の早い段階で出会ったのがアンドリューだった。当時ロシア語学習者だったわたしに偶然インドで再会した韓国人の友人ミナが紹介してくれた。アンドリューはロシア人コミュニティよりなぜかアラブ人コミュニティにいた。そして流れでわたしもアラブ人コミュニティにいるようになった。抜群に居心地が良かった。

モスクワではクレムリンよりもロシアで初めて出来たマックよりも7年前のインドの話で盛り上がった。国も文化も違うが久しぶりの再会は昔話に花が咲く。

ロシア人のアンドリューはパレスチナどころか中東に行ったことがない。なのにわたしはアンドリューを介して中東、特にパレスチナと縁が深まった。わたしたちのいたアラブ人コミュニティの仲間ガザ出身のムハンマドはわたしたちの親友だ。
モスクワに着く直前、機内から窓の外を見た。円が見えた。丸みを帯びた地球のきわ。確かに円だ。わたしは縁を辿ってロシアに行きパレスチナに辿り着いた。

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Azusa Suga

聖地パレスチナ 一人散歩

聖地パレスチナ一人歩き。非日常にあふれた旅の記録
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