2023年に観た映画談義(アニメについて)
冒頭、未鑑賞の映画について
――12月中旬、都内某所。
影山レオ、日下部ヨミ、サイ、周王(すおう)、レンガの会話
レオ「というわけで、1年お疲れ様でした!」
レンガ「まだ終わってはないですけどね」
ヨミ「今年まだあと映画何本見られるのかな?」
レオ「もう見れないんじゃないかな。見れてあと1、2本くらい」
ヨミ「私も劇場で見るのは無理かな。せめてあと1本かな」
周王「見るとしたら『首』? それとも『ナポレオン』?」
レオ「『窓ぎわのトットちゃん』じゃない?」
レンガ「あれね。片渕須直監督の新作かと思ったら、違うんだよね。
クレヨンしんちゃんを作ってる監督だったかな?」
レオ「(Wikipediaを調べ)ドラえもんの監督だね」
ヨミ「アニメ映画だったら『屋根裏のラジャー』見に行きたいな」
レンガ「ポノック作品かー。ちょっと不安多いな」
ヨミ「今年ジブリ作品が出たから、今見ておくのもいいんじゃないかと思ってて」
レンガ「でも『メアリ』のことがあるから、ちょっと……足が重いかもしれない僕は」
ヨミ「でも、ポノックって『メアリ』のあとにも作ってたでしょう。見てない? 短編集」
レンガ「見てないなぁ」
レオ「僕も見てない」
ヨミ「先にそっち見てからの方がいいかもね。話題の方は、たぶん御大(宮﨑駿氏)が持って行っちゃうから今年」
レオ「そうだよねぇ」
THE FIRST SLAM DUNK
レオ「じゃあ今年何が面白かったか、とか発表する?」
サイ「今年一番だって言ったら『THE FIRST SLAM DUNK』でしょう」
レオ「FIRST SLAM DUNK! いやこれもう、ほんとにアニメーションの最高峰だよね。めっちゃくちゃ面白かった!」
サイ「試合1本をまるごと、っていう構成が良かった。登場人物の紹介も、普通の映画だったら初見にも分かりやすくって重要なんだけど、下手に一個一個説明するんじゃなくて、観客が試合を通してそれぞれの選手を知っていくし、好きになっていくし、伴ってだんだん熱くなっていくところがクール」
レンガ「演出自体が全部クールだったね。特に音楽」
ヨミ「音楽すごい良かった! あの、ドドゥンドゥンドゥンドゥンドゥンドゥンってとこが、カッコイイ!」
レオ「はい、じゃあオープニングかけます」
サイ「ここの、線がガーっと引かれて、歩いている絵になっていくとこもすごい度肝抜かれる。あ、原作の絵だ!ってなる。
どうしよう。なんか、みんな言い尽くされた感想しか言えない(笑)」
レオ「だって、ほんとにそうなんですよ。「動く原作」というか、3Dアニメーションっていうとこで不安に思ってる人も結構いたと思うんですけど、原作の「線」を生きたキャラクターとして動かすためのアプローチなんだって分かった時の感動がある、あれは」
レオ「去年から高畑勲監督の作品とか映像とか結構色々見てるんだけど、絶対にね、高畑さんが見たら悔しがったんじゃないかなーと思う。
SLAM DUNKは、“アニメーション”という表現の枠組みの限界を越えようとしてるから。
なんか、高畑さんって、アニメにCGとかデジタル作画を取り入れたり、いろんな挑戦をしてきた人だったんだけど、その人がたぶん敢えて手を出さなかったのが全CG作品だったんだよね。
そりゃあ、ピクサーとかの作品でCGの表現もすごい進化してきたけど、アニメーションの表現として、本人が完璧に納得できるものとしては、まだ手を出せなかったんじゃないかな」
レンガ「“線”については『かぐや姫』でも相当こだわっていたからね」
レオ「そう。初期の『ホルス』とかも見たんですけど、ヒルダの絵ってあんな簡単な線なのにめちゃくちゃ可愛いんですよ。
で、当時スタッフに色々なアイデアを募ってたけど、結局ベテランのアニメーターの人(森康二氏)が出した案が採用されて、ヒルダが完成して。でも、見れば見るほどびっくりするんです。なんでこの線が可愛いんだろう、って超考えたりして。
レンガ「たぶん高畑さんがまだ生きてたら、SLAM DUNK以降のCGのアニメーション表現でさらにすごいものをやっていたかもしれない」
ヨミ「SLAM DUNKって、去年の映画だよね。もうDVDが出てるのかな?」
レオ「それがね、公開はね、2022年12月なんだよ」
ヨミ「うん」
レオ「DVDがね、Amazonの発売日が2/28。来年の」
ヨミ「来年? 遅くない? マジ?」
レオ「マジマジ。まだ待たせるつもりかえ?って感じ。僕も今年の初めに見たからね」
ヨミ「見てえー。」
君たちはどう生きるか
レオ「7月。ようやく来ました。『君たちはどう生きるか』」
レンガ「『君たちはどう生きるか』は、君たちはどう生きたの?(笑)」
ヨミ「何が来ても驚かない覚悟で見てました。予告編も全然やってなかったですよね」
周王「まあ、天下のスタジオジブリだから、間違っても変な作品が出されることはないだろうな、という信頼は一応あったよ」
レオ「いや、かなり変な作品ではありましたよ(笑)」
ヨミ「ヘン、っていうのとはちょっと違うけど、今までのジブリの要素がすごく詰まった作品って感じだった。途中、異世界に迷い込んでいくところは『千と千尋』みたいだなって」
レオ「『千と千尋』っぽさはすごく感じたな。神様とか精霊みたいなものが出てきたり、その世界のルールが色々あったりとか。戦前の舞台設定だから『千と千尋』の前日譚なんじゃない?と思った」
ヨミ「流石に前日譚ではないでしょう」
レンガ「でも言わんとしてることは分かりますよ。今回、宮さんの「作品にこういうものを入れたいんだ」っていう感情がとても強く感じられて、なんというか、迸っているというのかな。普通だったら一作に収まらない量の宮崎駿要素が画面から溢れ出ていたね」
レオ「漫画版の『風の谷のナウシカ』も買って読んだんですけど、展開もちょっと似てるところがあるんです。
『ナウシカ』の後半で、ナウシカと彼女と敵対していた皇弟ミラルパが二人で深層心理の世界を旅するんですけど、今回の映画も最初敵対していた青サギが途中から旅の仲間になっていくところがそんな感じでしたよね。そもそも、眞人が降り立ったあの世界自体が、ナウシカの深層心理の世界に超似ているという」
レンガ「今作に限らず、『ハウル』でも『千と千尋』でも、敵対する人が弱体化して、いつの間にか旅を伴にする展開がある。荒れ地の魔女やカオナシとかがそうじゃない。そこも『千と千尋』に似ていると思った部分じゃないかな」
ヨミ「荒れ地の魔女もカオナシも、弱体化する時にドロドロになりますよね。――いや、荒れ地の魔女は汗ダラダラになったのか」
周王「宮崎作品って、液体表現が粘度が異様に高いですよね。今作で思ったんですけど、汗とかもどうしてそこまでする?っていう次元でベトベトした表現になってましたね」
レオ「高畑勲さんの作品は水の表現がサラサラしてて、宮崎さんはドロっとした印象は確かにあります」
レオ「今回の映画、かなり宮崎駿監督のパーソナルな映画になってないですか。田舎へ疎開していく良家の少年、って完全に宮崎さんのことですよね」
レンガ「それもそうだし、その他にも、冒頭の眞人が病院へ走っていくシーンは、完全に『かぐや姫』の疾走だね。絵のタッチもあのシーンだけ特別に荒いタッチになる」
レオ「高畑さんをすごく意識してますよね」
レンガ「意図的かどうかは分からないけど、似た技法や表現を使っているところが結構ある。
あの、最初に少年が家に着いて、廊下を延々歩いていくところ。あそこはカメラが横からずっと並行して少年を撮っているんだけど、奥の景色が立体的に見えるようになっている。『平成狸合戦ぽんぽこ』の図書館のシーンでCGを使って表現した手法と同じだなと思ったよ」
レオ「そこのシーンは気がつかなかったんですけど、物語の展開も、疎開して池のほとりの田舎の家に住んで、そこで血の繋がらない親と和解するって流れですよね。これは『思い出のマーニー』を感じました」
周王「あー、確かにそうかも。でも企画には関わってないはずだよね。」
レオ「僕たち、結構『風立ちぬ』で宮崎さんはもう燃え尽きた、って思い込んでるフシがあったと思うんです。でも、2013年に『かぐや姫』、2014年に『思い出のマーニー』が公開されていて。その後は新海監督が台頭して『君の名は。』も『天気の子』もあったじゃないですか。考えてみたら、新作作る気力がある人が、この10年の間に公開された“ライバル”たちの作品から影響を受けていないはずがないんですよね。絶対に対抗意識があったと思います」
周王「対応意識はあったよきっと。もしかしたら、『鬼滅の刃』を劇場で見てものすごく嫉妬したかもしれない(笑)」
レオ「『こんなのはダメだ! 俺が本当の鬼滅の刃を見せてやる!』」
ヨミ「宮崎駿の『鬼滅の刃』ってどんな感じになるんだろ?(笑)」
レンガ「でも、若いライバル達に説教するような映画でもなかったね。公開前も散々『観客に向けた説教映画じゃないか?』って噂されていたけど、全然そんなことはなかった」
レオ「むしろ、見終わった時「まだ生きるつもりだこの人」って思いましたよ。まだまだ俺がやってやるぞ、という気迫みたいなもので占められてて」
レンガ「どれだけ言葉で言っても、あの人には引退なんて土台無理な話なんだよ」
鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎
レオ「超最近だと、急遽、鬼太郎の劇場版を見てきたんですよ」
ヨミ「鬼太郎! すごい良かった!」
レオ「結構良かったよね。ネットの評判が良くて、最近のテレビシリーズとか全然見てなかったけど、思い切って行って良かった」
サイ「テレビアニメを見ていなくても大丈夫な作品なの?」
ヨミ「時系列的には、テレビシリーズに入る前の、鬼太郎が生まれる前のお話なんです。鬼太郎のお父さんが主人公なので、テレビシリーズを知らなくても全然大丈夫です」
サイ「鬼太郎のお父さんって目玉のおやじ?」
ヨミ「が、目玉だけになる前の話」
レオ「制作者の話だと、この作品の事件が分岐点になって、『墓場鬼太郎』か『ゲゲゲの鬼太郎』のルートに繋がる、っていうことらしいです」
サイ「映画自体はどんな感じなの?」
レオ「戦後の日本が舞台で…。なんだろう、横溝正史作品の時代そのまんまって言ったら一番分かりやすいかな」
ヨミ「ストーリーが『犬神家の一族』っぽいです。龍賀一族っていう財閥の一族の当主が死んで、その次の後継者を決めることになるんですけど、その候補者に取り入るために会社員の水木が遺言読み上げの場に乗り込んでいくんです」
周王「正統派・金田一耕助じゃん」
ヨミ「そう。そこで起こる事件から村の闇を暴いていく、みたいな」
レオ「個人的には『八つ墓村』も入ってる気がして。村の因縁を遡っていく構成だから、よりそんな感じがするのかも」
サイ「鬼太郎のおやじは?」
ヨミ「奥さんを探して村にやって来るんです。それで水木と手を組んで真相を探る展開になるんです」
レオ「でも、事件そのものより、昭和の雰囲気みたいなものの描き方がすごい気合い入ってましたね。特にタバコ」
ヨミ「タバコねぇー」
レオ「すっごいんですよ、タバコの量が。画面いっぱいにこれでもかってくらい煙が蔓延する」
サイ「今時の作品では珍しいね」
ヨミ「最初の電車のシーンでみんなタバコ吸ってるんですけど、その中でずっと咳してる子がいるんですよね。可哀想になっちゃって。今だったら普通は禁煙だし、咳してたら『ちょっとタバコやめようかな』とか思うと思うんですけど、この時代ってそういうことを考える方がおかしかったんだなって」
レオ「主人公の水木も、なんなら鬼太郎の親父も、タバコ吸うから余計にね」
サイ「おやじもタバコ吸うんだ?」
レオ「まだ体があった時なので全然吸います。『墓場鬼太郎』の鬼太郎みたいな感じで」
サイ「目玉の親父が目玉の親父になるまでの過程を描くの?」
レオ「という話なのかな? 一応、『墓場鬼太郎』に繋がるような形ではあると思う。でも、そこはあまりメインのお話にはならないというか」
ヨミ「鬼太郎のお父さんが目玉になっちゃうのはみんな分かってるから、そこをメインにしてもね」
【注意】以下、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』本編のネタバレを含みます。
レオ「後半、結構つらいというかエグかったなぁ。大虐殺シーンの描写だけじゃなくて、事件の真相の方も。子供向けのテレビアニメの劇場版だってことをほぼ忘れるくらいエグかった」
ヨミ「沙代ちゃんの話、違う意味でグサグサやられちゃったな。笑いながら泣いてるところが可哀想すぎる。これって、コミュニティを支配する権力者に虐げられた被害者が最終的に加害者になってしまった、っていう話でしょ。あまりにも救いがない」
レオ「なんていうか、人間の嫌な部分をこれでもかってくらい詰め込んでぶつけてきたよね。人間を道具として扱うことのおぞましさとか、それを当たり前のように押し付けるコミュニティの傲慢さとか」
ヨミ「“因習村の特有の話”みたいに言ってる人がいたけど、そうじゃなくて日本という国そのものの置き換えだよね」
レオ「そう。結構序盤からその伏線は張られていたんだけど、この映画の登場人物って、自分のために誰かを利用しようとする人が大半なんだよ。根幹にいる時貞は当然として、時麿も乙米も山路さんの声の人(克典)も長田もそうだし、主人公の水木ですら自分の出世のためにゲゲ郎とか沙代ちゃんを利用しようとするし」
ヨミ「でも、それが当たり前の世の中だったってことだよね」
レオ「増村保造監督の『巨人と玩具』って映画があるんだけど、この作品が当時の社会の様子を一番はっきりと描き出してると思う。1958年の作品で、時代もゲ謎の昭和31年(1956年)と近いし」
ヨミ「どんな映画なの?」
レオ「お菓子メーカーにいる主人公が、新商品のキャラメルを宣伝して売らなきゃいけないんだけど、他の会社も同じようにキャラメルを売るから、他社を出し抜いてどうやって良いオマケのおもちゃを付けるか争うって話なんだけど」
ヨミ「それだけ聞くと面白そうなんだけど(笑)」
レオ「いや、もう全然つらいよ。結局、キャラメルがものすごく美味しいわけじゃないから、オマケの宣伝で戦うしかない。でも、他の会社は何をオマケに付けてくるか分からないから、コネとか女とか使って情報を聞き出したり、他の会社関係者を騙して有利になろうとする。人を使うだけ使って約束を守らないとか。だんだん人を人として見ない、スパイ映画みたいになってる」
ヨミ「スパイ映画なんだ」
レオ「でも、当時の人が時代をどう見ているかっていうのを端的に表している台詞があって」
(台詞の抜き出しを読んで)
ヨミ「えぐいね」
レオ「水木が出世出世と野望を持っていたのも、龍賀家が血液製剤Mで日本人をどんどん働かせそうとしていたのも、この台詞を読むと、当時の社会がそういう風潮の中にいたからってことが分かる」
ヨミ「社会全体がそういう風潮だと、他人を踏みつけにして利用することにも慣れていってしまうってことだよね」
レオ「そう。で、本来ならば大人はコミュニティの中でちゃんと子供たちを守るべきなのに、その子供たちを食い物にしていた、ってところがこの話のグロすぎるところなわけで」
ヨミ「『沙代は見ず知らずの水木なんかに頼らないで、さっさと東京に逃げたらよかった』って言ってる人がいて、ちょっとキレそうになったよ。そんなことが簡単にできるならやってるよ!」
レオ「皆口裕子さんの声の人(丙江)が駆け落ちしたのに、連れ戻されてるっていう話だったじゃん。あれって、時貞が自分の女を他の男に取られたくなくて連れ戻したって考えると…」
ヨミ「つまり、たとえ自力で逃げたとしても逃げ場なんかないってことだよね。
それに、子供ってさ、肉体的には自由でも、精神的には全然自由ではないんだよね。大人と比べて全然経験が足りないから、頭で分かっていてもどう生きたらいいかなんてはっきりと分からない。自分が見てる世界が全てになっちゃう」
レオ「だから、子供が育つためには大人がちゃんと大切に扱ってあげないといけないんだよな。そういう大人がいない世界に沙代ちゃんはいたってことだけど」
ヨミ「沙代ちゃんにとっての世界は、ジジイに犯されるためだけに存在を許されて、自分を殺して生きないといけない場所だったからさ。
普通に地獄だよ、そんなところ」
レオ「沙代ちゃんも、もしかしたら水木を利用しようとしたのかもしれないけど、もしそうだとしたら、それは周りにいる大人が沙代ちゃんをそうやって扱ってきた故の結果ということなんだよな」
ヨミ「利用しようとしたんじゃなく、水木が外から来た大人だったから、藁にも縋る気持ちで、水木に望みを託したかったのかもしれない」
レオ「残念ながら、水木も最初は他人を利用する大人の一人に成り下がっていたんだけどね。自分も戦争の道具として利用されて、その虚しさを一番知っていたはずなのにさ」
レオ「でも、だからこそ、終盤の時貞との対決が効くんだよな」
ヨミ「時貞が出てくるとは全然思ってなくて、真相分かった時に正直引いた。そもそも、自分の親族を犯して子供を産ませて、その子供に転生するという考えがすでにグロい」
レオ「でも僕ね、最初『スター・ウォーズ エピソード9』がそのパターンなんじゃないかと思ったんだよね」
レオ「EP9だと、ダースシディアスが自分の孫(レイ)を闇に引き入れようとしてくるから、僕はてっきり「その若い体とフォースを奪い取ろうとしているんだ!」と思ったんだけど、孫(レイ)が暗黒面の誘いを断ったら「ならば死ね!」みたいにあっさり手のひらを反すもんだから、拍子抜けしたんよ」
ヨミ「確かに、時貞がやったように子供の体を奪う方がエグいよね。血が繋がっていることですら、自分の道具として使うことしか考えてないってことだし」
レオ「前半の前振りがあるから、時貞のジジイは完全に水木を自分と同じ側だと思ってたわけだよね。だから、出世とか会社を持たせる提案にしたわけで。そこに「あんたつまんねぇな」って返す」
ヨミ「あれ! カッコよかったよね。あの台詞で水木の成長を感じた。ゲゲ郎と一緒にいたことで、現世の即物的な快楽以上の大切なものを見つけたってことだから」
レオ「でも、あのシーンで水木がカチ割ろうとした体って時弥くんの体なんだよな。絵では時貞の顔になってたけど、冷静に考えると子供を殺そうとする絵面になるし、現実的に見るとキツいなと思った」
ヨミ「時ちゃんは、乗っ取られた後はほぼ登場するシーンがなくて、扱いが酷くて気の毒だったなぁ…」
レオ「だから、現代パートで、目玉のおやじが狂骨になった時ちゃんに語るシーンがあるじゃん。あそこが泣けるんだよね」
ヨミ「『忘れないで…』でめちゃ泣いちゃった」
レオ「夢に見た明るい未来は訪れず、今を生きる人々も形は違えど同じようにずっと苦しんでいる。
これって現代を生きる僕たちにそのまま刺さるんだよね。まだまだ他人を利用したり陥れたり、自分の子供ですらも道具みたいに使う人々は普通に生き続けてる。それを良くしていくのは、今を生きる自分たちしかいないんだよなぁって」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?