【ザッピングして選んだ洋楽アルバムをてきとうに紹介する企画】#2…「80年代」というイビツな魅力

【アーティスト名】

Neil Young(ニール・ヤング)…カナダ

【アルバム】

Trans(トランス)

カントリーやフォーク・ロックが基調だった頑固オヤジがいきなりシンセポップをやりだした超問題作。しかし、意外にも……!?

【発売年】

1982年

【ジャンル】

カントリーロック?サイケ?実験音楽?

【ざっくりとした感想】

 ニール・ヤングという男がおります。

 どういうやつかといいますとですね、いわゆるアコースティックギターをメインにしたカントリー、フォークやロックを織り交ぜたような音楽を作り、今もなお歌い続けている御年75のコワモテジジイです。


 昔はバッファロー・スプリングフィールドとかいうバンドとか、クロスビー・スティルス・ナッシュ・ヤングとかいうバンドに在籍して、その後クレイジーホースというバックバンドを従えてソロアルバムを出しておりました。非常に精力的ですね。ただまぁデビューは60年代後半、その時代のアーティストの常としてまぁ酒やら薬やらやりまくってたわけですが、この歳になってもなおギターを弾いてるわけですから、非常に賢い人でもあったわけです。ただのノーフューチャーなロックンローラーとはわけが違うということです。


 そんな彼のパーソナリティは音楽性にも現れております。大本になっているのは、古き良きカナダやアメリカの伝統的なアコースティック音楽と、それからロックですね。ベースは非常にしっかりとしています。しかしながら、彼の音楽には特徴づけられるいくつかの個性があります。


 まずひとつは、その鼻にかかったような独特の弱々しい声。見た目から想像できないほど繊細で線の細い歌声なんですよ。それでギターをかき鳴らしながら、すっごくせつなそうに歌う。もう詩ですね。飲んだくれの詩人です。今回は割愛しますが、70年代に「今宵その夜」なんていうアルバムをバンド名義で出してるんですけど。メンバーが無茶やって死んで、それを悼む目的で作られたんですが、酒でベロベロになりながら歌ってたようで、非常に弱々しくぐっちゃぐちゃで。だけどもそのへべれけでどうしようもない感じがたまらなく泣けたのを覚えています。そんなボーカルなので、意外にもRadiohead(レディオヘッド)のトム・ヨークがライブで彼の歌をよくカバーしています。


 もうひとつは、豪快なギタープレイですね。アコギにせよエレキにせよ、とにかく荒々しく弾き倒します。初期衝動っていうんでしょうか。感情を乗せてバリバリと奏でる。それが哀愁漂うメロディと共に聞こえてくるわけなんだな。たぶんいわゆるスーパーギタリストとは違ってテクニックとかはそこまでなんだろうけど、そのギタープレイに一定以上の評価がなされているのは確実で、90年代にはこの荒々しいギターサウンドを駆使した「グランジ・アルバム」を作ったり、映画のサントラをギター弾くだけで作ったりしてます。


 そして忘れちゃいけないのが、その果敢な実験精神です。60~70年代にかけては、まぁカントリーやらロックやらの大枠からははみ出ないぐらいの音楽だったんですが、80年代ぐらいからは(正確にはレコード会社移籍してからは)、とにかく実験的な音楽をやりまくります。今回紹介する「Trans」もそのひとつですね。他にも思いっきり「ガチの」カントリーを急にやったりしてヒンシュク買ったりとか色々してます。あとは90年代。世はカート・コバーン率いる「Nirvana(ニルヴァーナ)」筆頭に、グランジ全盛期。まさに、前述のようなギタープレイが歓迎される、ロック先祖返りの時代でした。そこで彼は若い奴らに負けねぇ! とばかりにアルバムを制作。以前から若いロックミュージシャンから相次いでいたリスペクトもあいまって、「グランジのゴッドファーザー」なんて呼ばれたりもしていました。たぶん彼自身は「やりたいこと」をやっているだけなんだと思います。そのやりたいことのなかに、「時代を見据える」というのも含まれていたのでしょう。なんとも食えないオヤジですよ。


 他にも、持ち前の反骨精神で色んな反戦活動を行ったりだとか違法DLやらなんやらをふせぐために自分で販売するページを作ったり、色々やっております。本当に凄い男です。顔も彫りが深くてかっこいいですね。


 では次、聴きどころです。

【聴きどころ】

 しょうじきに言うと、曲単位でどうこうっていうアルバムではないです。

 簡単に言うと、「大御所がいきなり80年代のキラキラシンセサウンドに目をつけた」わけでして。

 ぶっちゃけ、そんなにスマートな仕上がりとは思えないです。ヴォコーダーとか色々やっていて、「単に時流に乗っかっただけじゃなくて、ちゃんと作ったんだな」ということは感じられますが。


 しかしながら、そんななんとも苦笑いせざるを得ないエセ近未来サウンドの隙間からは、ニール・ヤングらしいグッドメロディが見え隠れします。ということはやはり、これはニール・ヤングのアルバムなんですね。シンセが苦手でも、脳内でバンドサウンドに置き換えると意外なほどしっくり来るのではないでしょうか。


 80年代といえば、パンクが落ち着いて、音楽の商業化が加速した時代であります。MTV(ミュージックビデオを流すテレビ番組)の台頭や、さまざまなハイテク・テクノロジーの台頭。かつてブイブイ言わせていたベテランアーティストはついていけなくて自滅するか、無理してディスコサウンドやシンセポップをやろうとして大滑りするか、そのどちらかだったように思います。もちろんそんな中でも、英国のニューウェーブ・バンド達や、マドンナやマイケル・ジャクソンなどの、80年代だからこそのスター達も居たわけですが。(例外は数多く存在すると思います。ただ、イメージとして未だにそういう部分が根強いのも確かかと)


 とにかくそんな中にあって、アーティストの大きな命題として「テクノロジーや巨大な資本主義とどう格闘していくか」ということがあったのではないでしょうか。ニール・ヤングはそこに自分なりの武装を用意した上で果敢に挑んだ男だったのだと思います。その結果が万人に受け入れられるわけではなかった、ということになりますが、これもまた一つの答え、ですね。この奇妙なアルバムの裏側に、あのぶっとい眉毛の男が苦闘しながら最新機材と向き合っている姿を想起してみるのもまた一興ではないでしょうか。

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