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友との思い出を胸に岩手旅。「銀河鉄道」から満天の星空

大学生活最後の年、友人を亡くした私は思い出の強い土地を離れたくなった。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の舞台、岩手県を旅することにした。

岩手を選んだのは祖母やいとこが住んでいて小さいころからなじみがあったのと、自分の力ではどうしようない大自然に触れたくなったからだ。

東京駅から東北新幹線に乗り、盛岡駅へ。盛岡駅前から岩手県交通バスで小岩井農場まきば園まで約40分。

東京駅から東北新幹線で盛岡駅まではやぶさなら2時間12分、やまびこなら3時間18分
雪が残る岩手の山々

農場内には、かつて走っていたD51-68型蒸気機関車に特急寝台列車を連結したSLホテルがあった。驚いたことに客はたった一人だった。降りしきる雪の中、音のない蒸気機関車の中にいると友人とかつて過ごした時間がよみがえった。大学帰り、横浜線橋本駅から横浜駅まで車内で就職試験が最終選考まで残ったことや明日の講義のことなどずっとたわいのないおしゃべりをしたこと。有隣堂でゼミの課題図書を一緒に探したこと。一緒に草月美術館やサントリー美術館でアルバイトをしたこと。そのアルバイト代で横浜ベイシェラトンホテルのラウンジでアフタヌーンティーを楽しんだこと。そしてそんな日々が急に無くなってしまったこと。それから駅で、電車で、カフェで、美術館で、孤独がぬぐえずどこを歩いても辛くなってしまったこと。

友人がいなくなった次の日は夢であってほしい、と目覚めたけれど夢ではなかった絶望感に毎日打ちひしがれた。だからといって生きる希望を失ったかといえばそうではなかった。絶望の中、わずかに消え入りそうな使命感やこれからも生きなきゃいけないという義務感を感じた。まだ生きていてもいいよ、と背中を押してもらう何かが欲しかったんだと思う。旅に出たら何かわかるかもしれない、と。

SLホテルの夕食は温かいポトフを中心とした岩手特産の野菜や肉を使った滋味あふれる料理の数々。今日の客はなにせ一人。だだっ広いホールにぽつんと贅沢な料理に舌鼓を打つ姿はまるで宮沢賢治の童話に出てきそうなシチュエーションだ。そしてホテルの従業員の方々は女ひとり旅の私を「なにかよからぬことでも考えているのでは。このまま森の中に消えてしまうのでは」とえらく心配してくれ、たわいのない冗談で笑わせてくれた。そんな気遣いが嬉しくて冷たく冷え切った気持ちが少し和らいだ。

夕食後、外に出ると雪がやんでいた。シーンと張りつめた空気に白い息が消えていく。真っ暗な森の上には満天の星空が輝いていた。

蒸気機関車の部屋に戻り「銀河鉄道の夜」を読み返した。
機関車に乗っているのでまるでジョバンニとカムパネルラと一緒に銀河鉄道の旅に出た気分だ。小説にはたくさんの星や鉱物、植物の名前が登場し、賢治の博識の高さがうかがえる。読み終えてあまりにも悲しいカムパネルラの運命と友人の最期が重なり胸がいっぱいになってしまった。車窓から見えた満天の星空がにじんで見えた。

翌日、花巻の「宮沢賢治記念館」を訪ねた。「セロ弾きのゴーシュ」のモチーフとなった愛用のセロやレコード、直筆原稿など約400点が展示されていた。妹を24歳で亡くしたこと、貧しい農業の現状を打破しようと尽力したこと、そして宮沢賢治自身が37歳でこの世を去った後、かの有名な「雨ニモマケズ」が発見されたことを知った。人の痛みを知り、宇宙のような視野の広さで地元岩手を愛した彼の生き方を改めて尊敬した。

岩手の旅では美しい森や空気、厳しい自然と向き合いながら暮らすことの意義や魅力をそこに暮らす人々との出会いの中で教わった。無機質なコンクリートに囲まれた生活を離れ、私を救ってくれたもの。それは岩手の懐の深さだった。

小岩井農場
岩手県岩手郡雫石町丸谷地36-1
JR盛岡駅前10番乗り場から「小岩井農場まきば園行」バス乗車
(約17キロ 35分)※2022年現在、残念ながらSLホテルはなくなったものの、蒸気機関車内部の見学はできる。
詳細はこちら
https://www.koiwai.co.jp/makiba/

宮沢賢治記念館
岩手県花巻市矢沢第一地割1番36
花巻駅から土沢線土沢行バス宮沢賢治記念館口下車、上り坂を徒歩15分。
詳細はこちら
https://www.city.hanamaki.iwate.jp/miyazawakenji/kinenkan/index.html

宮沢賢治童話村
中心施設「賢治の学校」では映像やオブジェ、童話に出てくる鉱石、植物、鳥などの展示を通じて童話の世界が楽しめる。
岩手県花巻市高松第26地割19番地
JR釜石線「新花巻駅」より車で3分
詳細はこちら
https://www.kanko-hanamaki.ne.jp/spot/article.php?p=133


岩手を訪れるたび美味しいお土産を発見する

旅の思い出を最後までお読みいただきありがとうございました。店主が営む小さなフランス雑貨の店はこちらです。
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