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【中学受験ネタ】魑魅魍魎

 先日午後9時に塾から買ってきた息子。
 感心にも、その日の復習と宿題を終わらせ、さらに理科の塾の宿題もやっていた。終わったのが9時50分。
 息子は、「プログラム作りたいんで、30分だけパソコン触らせて。お願い!」と妻に交渉した。最近は勉強を頑張っているから、と妻が珍しくOKし、10時半に終わるようにと申しつけていた。
 私は自室でついうっかり寝入ってしまい、深夜0時に起きると、リビングの灯りがこうこうと輝いていた。
 覗くと息子がまだパソコンをやっていた。
「なにやってるんだ?」
 私が責めるような声を上げると、息子は、しまった、という顔をした。
 可哀想とは思うが、仕方がない。
「約束を破ったんだから、罰としてパソコンは一週間禁止だ」
「わかった」
 息子はすべてをあきらめたような顔をしてうなだれた。

 翌朝、私は妻を軽くなじった。
「またあいつ、約束破ったんだけどさ、君もこうなることわかってたじゃん」
 ところが妻はにやりと笑った。
「これは罠なのよ。どうせ約束を破るだろうって思って、あえてやつを泳がせておいたの」
「泳がせた?」
「案の定、約束を破ったでしょ。これで彼は今週はパソコン禁止で、勉強するしかないでしょ。もし彼が約束を守ってたら、どうしようかと思ったわよ」
 なるほど。
 しかし昨夜私が息子の前で、「君もさあ、こいつが約束破るのわかってたじゃん」と妻を責めたときは、息子に「あなたのせいで、私までお父さんに叱られたでしょ」と被害者面していたではないか。
 憐れな息子は今朝神妙な顔をして登校した。
 自分が罠に嵌ったとは知らずに……。

 その日の夜、私は息子を呼び出して言った。
「お母さんが昨日に限って、君にパソコンをやらせたじゃん」
「そうだね」
「それで君がズルをしてパソコン禁止。なんかおかしいと思わない?」
「まさか、ボクが約束破ることを予想して、狙ってパソコン禁止にしたってこと?」
「だろうな。はなからズルするって決めつけられるのは、君も不愉快だろ?」
「悔しい」
「だったらこれからはきちんとしてお母さんを見返してやろうぜ」
「うん、これからはきちんと約束を守る」
 と、こうなるはずだったのだが現実は違っていた。

「お母さんが昨日に限って、君にパソコンをやらせたじゃん」
「そうだね」
「それで君がズルをしてパソコン禁止。おかしいと思わない?」
「全然」
 息子は表情一つ変えずに言った。
「でも結果として、損をしたのは君だよね?」
「別に。今週はテスト勉強で忙しくなるからね。どうせ昨日しかパソコンをできないと思ったし」
「ま、まさか君、一週間禁止になることを想定してズルしたってこと?」
「ズルって言うか、お父さんがよく言う『リスク管理』だよね」
 どうやら息子はこうなるのを想定して、あえて約束を破ったらしい。しかも一週間禁止なら、彼にとってなんの痛痒も感じないということを計算したうえで。
 我が家の魑魅魍魎たちが深謀遠慮を巡らすのを、私はただ操られるままに動いていた、ということか。

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