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【中学受験ネタ】愛光中学過去問題(2)

 近いうちに公開模試があるので、愛光中学の過去問題を算数だけやらせた。
 塾のテキストだけをやらせると、息子にとっては簡単なので、すぐに調子に乗ってしまい、本番でコケるからだ。
 息子の場合、理解不足の前に、精神的なバランスを失って悪い点数を取ることが圧倒的に多い。というか、それ以外の理由で悪い点数を取ったのを見たことがない。
 ちなみに精神的なバランスというのは、負の方向に傾いてのことではなく、調子が良すぎて傲慢になるというパターンのことだ。
 前回は50点程度だったので、もう少し取れるかと思っていたら、結果は35点だった。
 さすがに息子は引きつった表情をしていた。
「愛光でこんなに悲惨なら、久留米附設とかラ・サールだと、もっとひどいね……」
 息子は力なくそう呟いた。

 我が家は東京受験もするつもりだが、一月は愛光と、久留米附設かラ・サールのいずれかを受けるつもりだ。愛光と久留米附設の問題の難易度に違いがあるのかどうかはわからないが、合格ラインが70点くらいだったとすると、久留米附設の問題のほうが難しいことになるので、息子の言うことも一理ある。
 塾の先生はラ・サールを勧めてくる。たしかにラ・サールはいい中学であるのに変わりはないが、福岡在住だと確実に寮になる。寮になった場合、息子は寮での食事をたいそう心配している。彼は過度の偏食で、気に入ったものは毎日でも食べるが、嫌いなものは絶対に口にしない。
 例えば、彼に手作りの塾弁当を作ると、実に残念そうな顔をする。彼は塾の隣にあるファミリーマートで、ファミチキとチョコチップメロンパンを買って食べるのが大好きなのだ。よく飽きないなと思いながらも、毎週彼はファミチキを買って食べている。
 自分が好きなものであれば、毎日でも食べる。シリアルも大好きで、毎朝食べる。彼はそんな変わった嗜好の持ち主なのだ。
 今朝などはシリアルがないだけで、涙を流して抗議された。テストで悪い点数を取っても泣いたことがないのに、たかだか朝食にシリアルがないだけで、涙の抗議である。あんた、シリアル程度で、泣くことはないだろうよ、と言ったら、もっと号泣した。
 加えて従弟(私の甥)が、別の高校だが寮生活でメシがまずいと口癖のように言っていたので、「寮の食事はまずい」と変な固定観念を持ってしまった。
 妻は、寮の食事が合わなくて、息子が学校を嫌いになることを心配している。普通の子だとありえないような心配だが、息子の場合、起こり得そうなのが怖いところだ。寮の食事が嫌で、学校を辞めるなんて、シャレにもなんにもならない。
 その点久留米附設だと、自宅から通えるし、反抗期になって、息子が面倒くさくなれば、寮に放り込むことも可能になる。自宅通学、寮生活のどちらも選択できるというところが、リスク管理的にも大きいのである。
 ただ久留米附設を受けるのであれば、国語もそこそこできないといけないらしい。なんとなく問題を見ていて思ったのだが、ラ・サールなら算数ができれば、他は足を引っ張らない程度でよい。ところが久留米附設だとバランスよく点数を取れないと合格できない気がする(おそらくだが)。
 そんなわけで、我が家では、久留米附設を受けるのか、ラ・サールを受けるのか、大きなテーマになっている。
 愛光中学を受けて合格したら、久留米附設を受けるときに弾みがつく。久留米附設を受けて合格したら、東京受験への弾みがつく、というのが、我が家での想像できる最高のパターン。
 そうした意味でも、愛光中学と久留米附設の過去問題は必ずやらなければならないものになる。いろいろと情報を集めてみると、一般的に過去問題をやるのは6年生の後期のようだが、もともとまったく規格内に収まっていない息子の場合、「一般的な意見」はあまりあてにならない気がする。
 もちろん計算や漢字を毎日きちんとやることなどについては、その通りにさせているが、細かいレベルの話になると、変わり者の息子にはマッチしないと思うことが多い。
 どんな問題が出るかわからない。知らないことが出ても、なんとかして答えを導き出す。できなかった場合には、なにを知っていればできたのかを分析し、それを勉強する。息子の場合、これの繰り返しをさせると効果があるような気がする。妻にも相談してみたのだが、妻も同意見のようだった。とにかく、変わり者の息子の場合、こちらでよさそうな方法を探るしかない。
 ただ、二回目の愛光中学の過去問題をやらせるつもりはなかった。日能研公開模試予想問題を息子にやらせたら、いい点数を取ったのがきっかけだった。
 「いい点数を取ると、慢心して次のテストでは成績を落とす」というサイクルを、面白いようにさんざん重ねてきた息子は、さすがに予想問題の好結果を手放しで喜ばないようになってきた。むしろ不安そうな顔をして、「公開模試が不安になってきた」と言い始める始末。それではと、愛光中学過去問題の算数だけやらせたのだ。
 結果は先述の通り、惨敗ともいえる35点。
 軽く自信を落とす程度の結果でよかったのに、猛烈に自信を落とす結果になってしまった。さすがに安全校と思っていた学校の、しかも得意の算数の35点は、息子もショックだったようだ。
 6年生後期でもこういう結果になることがあるのは聞いていたので、別に気に病む必要はないかもしれない。こちらとしては、やり過ぎ感は否めないものの、十分にお灸をすえることができたと思っていた。

 ところが息子は公開模試前日の夜、塾から帰った後、私に言った。
「久留米附設の過去問題の算数をやらせて」
「もう午後八時を過ぎてるじゃん。明日テストなんだよ」
「それでもお願い。このままじゃメチャメチャ悔しいから」
 息子にここまで懇願されたのでは仕方がない。5年前の久留米附設の過去問題の算数を渡した。
「きちんと時間を計れよ」
「もちろん」
「愛光でも35点だったんだから。25点を目指せ」
「うん」
 なんとも志の低いアドバイスをしているなとは思ったが、あまり過度に落ち込まれて悪影響が出られても困るので、目標を下げて少しでも気持ちを楽にしようと思った。
 息子は息子で、高得点は諦めて、点数を拾う作戦に出たようだ。むろん全問正解などは狙わず、できる問題を一つ一つ潰していく。わからない問題はとりあえず置いておいて、全部終わったらできそうな問題に取り組む。そんな感じだった。
 はたから見ていても、今までとは明らかに取り組み方が違っていた。「よしできた!」と小さく呟く声が聞こえた。さすがの息子も35点という点数を目の当たりにして、必死にならざるを得ないのだろう。私は邪魔をしないように、静かに自室に戻った。
 しばらくして息子が、上気した表情で部屋に入ってきた。
「150点中、100点だった!」
 一瞬耳を疑った。
「なんだって?」
「あと何問か、できた問題があったんだよ。それができてたら、7割超えだったのに。悔しい」
 セリフと表情はまったく一致しておらず、明らかに喜んでいる様子なのは一目瞭然だった。
 過去問題は7割以上取れれば、合格するのではないかと息子に言っていたので、息子は7割以上を目安にしていた。今回の結果は合格ラインに達しなかったとはいえ、5年生としては十分すぎる結果だ。やはり35点がいい薬になったのだろうか。
「なにかの間違いじゃないの?」
「じゃあ、答案を見る?」
「いや、いい」
 やはり、問題を解くときの心構えがいい方向に転んでくれたのだろう。過去問題をやらせてよかったと思った。
 嬉しそうな顔をしていた息子が、突然我に返って呟いた。
「このサイクルだと、明日の公開模試は相当にまずいね。悪い⇒いい⇒悪い⇒いい。そして次が公開模試。ものすごく悪かったりして」
「なんじゃそりゃ」
 と突っ込んでみたものの、私も全く同じ感想を抱いたのだ。
 こんなことなら、自信なくしたままでいさせておいたらよかったと思った。

 翌朝、不安そうな面持ちのまま、息子は試験会場に向かった。
 そして我々の不安を残したまま、正午になった。
 いつもなら、試験終了の12:10過ぎくらいにいったん電話してくるはずの息子から、電話がない。
 やはり危惧した通りの結果だったんだな、と思った。しかも電話がないなど、今までになかったことから鑑みても、相当に悪かったに違いない。
 スカラシップがかかっているとはいえ、たかだか模試の結果だ。そこまで気に病まなければよいがと今度は妙に心配になった。
「昨日は久留米附設の算数過去問題が6割5分以上できたんだから、自信を持とうぜ」
 待っている間に、私は彼への慰めの言葉を考えていた。

 やがて時間になり、塾から出てくる息子の後ろ姿が見えた。
 その後ろ姿は明らかに元気がなく、どことなくおどおどしているように見えた。足取りも重い。予感は確信に変わった。これは久々のドボンで間違いない。
 試験前日まで過去問題に立ち向かった彼は偉い。しかもあと少しで合格ラインという点数まで出したではないか。どんなに悪くても、彼を責めるのはやめようと思った。
 声をかけると、ぎくりとした様子で、息子がおそるおそる振り返った。
「あ、お父さん」
「終わってたのか。電話すればいいのに」
「ごめん……」
 結果が散々だったのはわかっている。私は作り笑顔を浮かべた。
「今回は残念だったな。気にするな」
 息子よ、たかだか公開模試の結果ではないか。そんなに卑屈になることはないぞ。そう言葉を重ねようとした。
 ところが息子はあからさまに怪訝な顔をした。
「なにが残念なの?」
「いや、模試の結果が悪かったんだろ。だから謝って……」
 私の言葉を息子が遮った。
「謝ったのは、携帯電話を忘れて連絡ができなかったことだよ」
「そうなの?」
「それに、残念だったなって、失礼だよね。テストの結果はまあまあだったのに」
「え? よかったの?」
 息子は小鼻をひくつかせた。
「うん。算数は満点取れてたはずだから、満点取れなくてちょっと悔しいけどね。他もまあまあ。過去問題ばっかりやったから、模試の算数の問題がザコに見えたよ。やっぱり過去問題はいいねえ」
 本当に人騒がせな息子である。


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