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【雑記】津和野

先週、角島、長門、萩から益田の海岸に行って、それから津和野、長門峡、最後は山口市県立博物館へと旅をした。
(写真は長門峡)

島根、特に津和野に行くと、息子が必ず「源氏巻を食べたい」と言う。
源氏巻とは、津和野名産のお土産で、こしあんをカステラ記事で巻いたお菓子だ。
上品な甘さでおいしいので、私も気に入っている。

源氏巻

江戸時代の元禄十一年(赤穂の浅野内匠頭が刃傷沙汰を起こす前)のこと。
津和野藩主・亀井茲親が勅使接待役を命じられ、指導役の吉良義央(上野介)に指導を受けていたが、辱めを受けて憤り、吉良を斬って自分も自害すると決意する。
それを知った国家老多胡外記が御家の一大事だと、進物を吉良に送ったところ、吉良の態度が一変し、茲親は無事大役を果たすことができたという。
その時の進物「小判を包んだ形のお菓子」が源氏巻の原型になり、縁起のいいお菓子として広く親しまれるようになったという。

それでなぜ「源氏」の名前なのかと言うと、幕末に藩の御用菓子司が銘名を頂くため、お菓子に紫色の餡を詰め込んで藩主に進上した。
この際に、藩主の妻が紫色の餡に感動し、「源氏物語」の「若紫」に出てくる和歌「手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草」を詠み、それにあやかり「源氏巻」と名づけられたとされているらしい。
なんとなく源氏巻の「源氏」は源頼朝の源氏に関係していると思っていたのだが、全然違っていて「源氏物語」が由来だったとは。

さらに驚いたのが、吉良上野介。
私は若いころ仕事で吉良町にも行ったことがあり、そこでは吉良上野介は結構慕われた殿様だったことを知った。
忠臣蔵のドラマでは、柳沢吉保が黒幕となったり、吉良がことさらに悪者扱いをされていることが多いが、そのほとんどが 人形浄瑠璃や歌舞伎の創作であることがわかっており、実際には、浅野長矩の被害妄想が原因か、もしくはささいな感情のすれ違いではないかと、うっすらと思っていた。
ところが赤穂事件の数年前にも、似たようないじめ(吉良⇒亀井)があったのか、と。
だとすれば、吉良はかなりの札付きだったことになるではないか。

単なるお土産のお菓子によって、自身の歴史観まで変えられてしまうことがあるとは、思いもしなかった。
「百聞は一見に如かず」、これだから旅行は面白い。




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