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2022.8.2「企業法務とテクノロジー」シンポジウム

 というシンポジウムを聞いてきました。内容が面白かったのと、なんだか高そうなノートをもらったこともあり、感想を書いておこうかと思います。全体のテーマはいわゆるリーガルテックで、AIを使って契約書作成のアシストをするような技術が知られていますね。今回主催のリーガルフォース株式会社はそれの第一人者であるようです。そういうところになぜ出ているんだといわれてもあれですが、まあ、しばらくやっているナッジとか「法と科学技術」研究の一環のつもりです。あと先日、応用哲学会で「リーガルテックは都市のインフラたりうるか?」という軽めの発表をしたこともあり、実務的な現場のことも多少は聞きかじっておきたいなと。
 リーガルテックは弁護士業務や企業法務をいろいろサポートする可能性があって期待されている分野なんですが、先日、AI契約書審査についてグレーゾーン解消制度で経済産業省が弁護士法72条違反の可能性を指摘したこともあり、さて大丈夫なの?と話題になっているところです。また、AIが弁護士の仕事を奪うんじゃないかといった懸念も根強いこともあって、今回のシンポジウムのテーマも「リーガルテックは奪わない、支える」になっています。まあ、ポジティブにいえば人間と技術のいいところを生かした共存を目指しましょうというのと、ネガティブにいえば(?)AIといってもそんなになんでもできるわけではないから心配するなという感じ。

 当日の発表順は以下の通り。みなさんえらい人ばかりなので肩書きが長いんですが、詳しくはこちらをご覧になってください

  •  角田望「イントロダクション」

  •  別所直哉「社会の変化に応じたルールとの向き合い方」

  •  小林一郎「契約実務におけるリーガルテックの活用とその将来展望」

  •  松尾剛行「AIとコーポレートガバナンス 〜 リーガルテックを念頭において〜」

  •  石田京子「リーガルテックと法規制」

  •  橘大地「今求められるリーガルテック」

  •  守田達也「企業法務の現場から見たリーガルテック」

  •  パネルディスカッション1「契約を取り巻く法律とリーガルテックの向き合い方」

  •  パネルディスカッション2「リーガルテックのこれまでとこれから」

 私は弁護士ではないし、企業法務をやってるわけでもないので、リーガルテックが実務的にどう使われているかといったことについてはどれも「へえ」と勉強になりました、というぐらいですみません。研究上の関心からいえば日米の契約実務の比較法といったことがやはり面白く、その点で小林先生や石田先生のお話を興味深く聞きました。
 以下、当日のメモに基づく感想ですが、どの先生がお話されたことなのかはっきり覚えていないものもあるので、特にどれとは言及せず、あくまで全体を通して私が理解した限りでのことになります。論点によっては当然ながらそれぞれの先生方によって違いもあることでしょう。

  • 現状の(契約書審査の)リーガルテックが最も得意なのは契約内容の平準化。いろいろ突合してズレを見つけるまではできるが、そのズレにどういうクリエイティブな意味を見出していくかは人間の仕事。結局、機械をどう使うかは人間次第ということになる。単発の契約ではなくライフサイクルとしての契約観というか、要するにそこの企業が何をやりたいかというグランドデザインを作るのが人間の仕事で、それにあわせて個々の契約とか内部統制プロセスをチューンナップしていくところにリーガルテックはめっちゃ力を発揮していくだろう、みたいな見通し。

  • 現状では弁護士法72条との関係もあって、あくまで補佐的なネガティブチェックをするだけですよ、という慎重な議論が目立っていた。しかし、どこかの段階でそんな既得権益なんか知るか!と反転するかな。AIがクリエイティブな仕事に踏み込むようになったらわからんよね。とはいってもみんなそういうの期待しすぎで、技術的にはまだまだ先の話だから、という念押しが目立った。風当たりを弱める面はもちろんあるだろうけど、まあでもあんまり極端な話にされても……というのが現場の感覚としてあるのも確かなのだろう。

  • リーガルテックの規制状況の日米比較。アメリカは州によって違うけれど、日本以上に規制が厳しいところもあるみたい。弁護士の人数も多いのでそりゃ抵抗も強いだろう。日本のほうが企業の力が強そうだから先に行くかもしれないけど、日本の契約実務のあうんの呼吸をうまく学習できるかどうか。そこの合意形成プロセスをどうやって公正・透明なものにするかといったところに日本のリーガルテックの今後の可能性がありそう

  • アメリカのほうが事前の微妙なすり合わせとかあまりしないぶん、平準化と相性がよさそうではあるらしい。しかしそうすると交渉力格差が露骨に出てしまうので、いざとなれば判例法で積み重なった黙示のいろいろな法理でフェアネスを担保しようとするところがある。むしろ、そこの訴訟リスクのチェックがリーガルテックの今後の可能性という感じ。

◎ 契約実務のまとめ
1. 欧米型契約: 一方的な条件提示、YesかNoか。あとは事後的救済。
2. 日本型契約: 合意形成を重視。

  • リーガルテック企業のみなさんは、交渉力とか司法アクセスの格差を念頭に、契約をフェアにすることが目標だと口を揃えていた。正直なところ、そんなきれいごとで動いてるの?と思ったのだけど、そこらへんは案外本気なのかもしれないという印象もした。つまり、現状はきれいな理念の余地がそれなりにあるぐらいのルールと技術の段階だということでもあるのだろう。ルールと技術がともに発展して、そのバランスが崩れ始めたときにどうなるか。悪い開発者が出てくることも織り込んで適正な競争条件を作っていくルールメイキングが重要なのだろう。

  • 欧州はAI規制に舵を切っているし、英米も上に述べたような事情でそう簡単ではない。そうすると、リーガルテックの今後の可能性が最もありそうなのは中国なのかといういつもの話だけど、そこらへんは文系の人が話をやたらに盛るのでなあ(今回の先生方がそういう話をしていたということではありません)。

文献
法哲学的にはたとえば、リーガルテックは法の支配を脅かすのか?みたいな問題設定で議論される。以下の文献など。

  • Gabriele Buchholtz (2019) “Artificial Intelligence and Legal Tech: Challenges to the Rule of Law,” in Regulating Artificial Intelligence, eds., Thomas Wischmeyer, Timo Rademacher, Springer

  • David Freeman Engstrom & Jonah B. Gelbach (2021) “Legal Tech, Civil Procedure, and the Future of Adversarialism,” University of Pennsylvania Law Review 169

  • Martin Fries (2016) “Man versus Machine: Using Legal Tech to Optimize the Rule of Law,” available at SSRN: https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2842726

  • R. Venkata Rao and Prakash Sharma (2022) “Towards a New Era of Legal Tech Startups: Lawyering 2.0,” Indian Bar Review 49(1)

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