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オレンジジュース、オレンジジュース。

夜になり、ゆったりとしたソファに座ってビールを飲みながら読書をしていた。ヘミングウェイの短編小説集をぱらぱらとながめるように読み、それに飽きると音楽を選んでかけて聴き、またしばらくすると読書にもどった。

そんなことをしているうちにオレンジジュースが飲みたくなってきた。なんの前触れもなくそれは急にやってきたのだった。ちょうどいい大きさの新鮮なオレンジを半分にしてしぼっていく、果実と水分がでてきて、それをコップにそそぎ、ひとくちで飲んでしまう。それをひとくちで飲みほすのだ。オレンジジュースがのみたい。しかし、冷蔵庫にはオレンジがない。

玄関にいき、ナイキのスニーカーを履いて外にでていった。あいかわらずの雨がふっていたけれども、そんなことはどうだっていい。雨にうんざりとすることでさえも忘れてしまっていたし、そこにそんなことがあるとしても、今は自分のなかにある一つの目的を果たすことのほうが重要だ。


スーパーマルシェに入り左の奥の方に向かって歩いていく。

そこには、「大型自動オレンジ絞り製造機」があった。その機械の横には、空のペットボトルが置かれている。

—— 200ミリリットル/500ミリリットル/1000ミリリットル

三種類のペットポトルの中から、一つを選ばなければならない。オレンジジュースをひとくちで飲んでしまったとして、もしおかわりがしたくなったら?翌朝にものみたくなったら?ということを考えると、1000ミリリットルを選ぶというのはそこではごくあたり前のことであった。

1000ミリリットルのペットポトルを横から選びだし、キャップをゆっくりと回してあける。そして「大型自動オレンジ絞り製造機」の正面についている、小さな蛇口(機械がどれだけ大きかったとしても、蛇口は小さいものだ)の口にペットポトルを置いた。薄いプラスチックでできたそのペットポトルは、蛇口を見上げることもなく、これから注がれるオレンジをただただまっていた。

そして、蛇口の栓を左回りにまわした、機械の大きさのわりにはとても軽く、あっさりとまわすことができた。

「大型自動オレンジ絞り製造機」の上部におかれているオレンジが機械の中にすいこまれていき、中で半分にわられていった。一つ二つと、つぎつぎとオレンジがわられて絞られていく、そして少しづつ、蛇口の先から絞りたてのオレンジジュースがでてきた。

しかし、ペットポトルがあと少しで一杯になるという所で、上部のオレンジがなくなってしまった。あと少しだったというのに、蛇口の栓をどれだけひねっても大きな機械は、むなしく低い音でうなっているだけだった。横に置かれているはずの投入用オレンジはもうなくなってしまっている。そこにはなにも入っていない、ただの空き箱が置かれいた。

どうしようもないので、スーパーマルシェを監視している警備員(身体は大きく、いかにも警備員という感じの男性)が近くにいたので「オレンジジュースがでてこないので困っている」と伝えた。すると、その警備員は近くにあるフルーツの棚にいき、そこにオレンジがあるのを見つけるとそこで適切なオレンジを選びはじめた。1つづつ点検するようにつかんでは棚に戻し、何個か選んでしまうと機械まで持っていって中に放りこんでいった。

その棚のオレンジでよかったのかは分からないけれども、おかげで機械はふたたび動きはじめた。選ばれたそのオレンジは半分にわられて絞られていった。オレンジであることには変わりはないし、それがいいか悪いかなんてことは機械に入ってしまえば同じようなものだ。

ペットボトルに一杯になったので取り出してふたをしっかりと閉めた。

レジでお会計をすませて、出口にいる警備員にその一杯になったペットボトルを見せると、警備員はクールな表情で頷いていた。

オレンジジュース。

オレンジジュース。


♤リンゴジュースやぶどうジュースが急にのみたくなるってのはない

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