ニーゼロニーゼロ

私は東京オリンピックに対して複雑な感情を抱いている。それは恥ずかしいくらい個人的な恨みによるものなんだけど、それを書き残せるのも2020年の内だけだな、と思ったので書き残しておく。

今から10数年前。就職して一番最初に配属された部署に元空手部のいわゆる超体育会系の先輩がいた。先輩は顔が広く、あるパラリンピック選手を中心に、他業種の友人達とオリンピック・パラリンピックを東京に招致しようという民間活動をしていた。その行動力は凄まじいもので、イベントを頻繁に開催したり、仕事のコネを使って国会議員に直接働きかけたりもしていた。実際、先輩と活動を行なっていたそのパラリンピック選手は、後のIOC総会で滝川クリステルと一緒に東京招致のプレゼンテーションのスピーチも行っていた。民間とは言え、先輩の活動は多かれ少なかれオリンピックの東京開催に影響を与えていたのだと思う。

ただ、私が納得がいかなかったのは、先輩は就業中にもこの招致活動を日常的に行っていたという事だった。先輩が隣で本務に関係のない原稿を書いたりイベント企画をしているのを横目に、新人の私は右も左も分からぬまま、朝から日付が変わる時間まで先輩の指示通りに働く他無かった。新人なんてそんなものだと言われたらそれまでだが、私にとっては社会人になって初めて直面する不条理だった。東京オリンピックと言う日本人なら誰もが夢見る大きな目標の為にそれほどの情熱をかけてやっているのなら、多少のことは許されるだろうという雰囲気が、社内にも、上司にも、先輩自身からも漂っていた。先輩の活動が軌道に乗れば乗るほど、私は犠牲になっていると言う気持ちが強くなっていき、先輩と東京オリンピックを恨み、深く根に持つようになった。
だから、東京開催が決定した時も、嬉しかったと同時に、あの先輩も喜んでいると思うと無性に腹が立った。コロナで開催が延期になった時、残念だし仕方がないと思うと同時に、ざまあみろ、お前の努力なんか水の泡になればいい、と心の中で叫んでいた。

文系ど真ん中で生きてきた私は昔から運動音痴で自分で体を動かすのは苦手だけど、それでもテレビでスポーツ中継を見れば胸を熱くすることもあった。リオのオリンピック閉会式後の東京への引き継ぎセレモニーは、日本のカルチャーの結集を見ているようで格好良かったし誇らしくもなった。昨年放送されていた大河ドラマ「いだてん」も、平和の祭典としてのオリンピックが開催されることの意義や、それに携わる多くの関係者やアスリートの生き様に心を打たれ涙した回がいくつもあった。自分が生きている間に自国でオリンピックが開催されるなんてとても幸せなことのはずなんだけど、それを喜んでしまったら、あの頃歯を食いしばってボロボロになって働いていた自分が浮かばれない気もした。
「みんなが望む、大きな夢のためだったら、誰かが犠牲になってもいいの?」あの時の涙目の自分に問いかけられているようだった。


今日発売された眉村ちあきさんの新しいアルバムの中にCreepy Nutsとの「ニーゼロニーゼロ」と言う曲が収録されている。
私はこの曲が作られた経緯を何も知らない。歌詞にどんな意味が込められているかとか、この年にどういうきっかけでこの曲を作ろうと思ったのかとか。
でも、「夢の舞台」とか「メダルかけてあげよう」って言葉が出てくるから、きっと東京オリンピックが開催される予定だったこの2020年をどこかしら意識して作られたのだと思う。
眉村さんの伸びやかで綺麗な歌声も、Rさんのいつもと少し違う優しい声のラップも、懐かしさも感じるし切なくもなるようなこのトラックも、全てが私の心を癒した。
とても優しい曲だった。
あの時、必死で頑張ってた私は十数年越しにこの曲で抱きしめてもらえた気がした。
あの時の悔し涙が今日まで続いてたのならそれでよかったのだと思えた。
あの時、私が犠牲になったことで先輩が活動に勤しみ、その先で東京オリンピックの開催が決定して、そこから何らかのインスパイアを得てこの歌が生まれたのだとしたら、私の経験は無駄では無かったと思えた。
おこがましいようだけど、こうやって報われたのだと思えた。

今もまた、不甲斐ない自分に辛くなることはあるけれど、この積み重ねがまた未来の私を作っていくのだろうか。まわりまわって、慰めてもらったり、抱きしめてもらったり、メダルをかけてもらえる瞬間が来るのかもしれない。
またそんな日が来たら素敵だな、と思いながら明日もがんばろう。素敵な音楽をありがとう。

ニーゼロニーゼロ ニーゼロニーゼロ

シャワー浴びながらちょっと
涙がこぼれた日もあったけど
それもかさぶたになって
前に進んできた

あの日排水溝に詰まらしたまんま
こびりついて取れなくなった悔しさ
洗い流すように汗をかいた
その必死さがきっと俺の “らしさ”
やけに傷口に染む夕焼け
また日が沈む
怒りやら恐れ
痛みやら遠吠え
流れて大海へそそげ

今日もまた
東から日が昇る
その赤い光に導かれてく

毎日頑張って働いてる (All Day, All Night)
背中を抱きしめさせてよ
日々の積み重ねで
夢の舞台が今日も作られてくよ

ニーゼロニーゼロ ニーゼロニーゼロ
ニーゼロニーゼロ ニーゼロニーゼロ

知ってるだけだった道を
実際に通るのは怖いけど
やっと自分に勝てたら
メダルかけてあげよう

やはり見るのとやるのじゃまた違う
打ちのめされる度卑屈になる
先人達の轍重なり合う
もう一度靴紐キツく縛る
ほら脈打つ度に理屈じゃなく
込み上げるリズムになる
生々しい色で鈍く光る
その固まりは俺の中にある

明日もまた
東から日が昇る
その赤い光に導かれてく

毎日頑張って働いてる
背中を抱きしめさせてよ
日々の積み重ねで
夢の舞台が今日も作られてくよ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?