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資料読み込みという地味なテーマについて考えてみる-カオスな現場から-

どういうわけか、最近上場準備会社(申請期)のサポートを頼まれることがあるんですが。後発参加だと、いきなり大量の資料と格闘しながらキャッチアップしないといけないんですよね、というお仕事に関するお話。


■ 大量の資料が投げつけられる

・最近のお仕事

IPO支援と言ってもさまざまなフェーズがある。いわゆるスタートアップ支援と呼ばれるような、本当にアーリーなステージからサポートするケースもあれば、東証申請の直前とかにやや燃え気味の現場に投入されるお祭り型まで、ひと口にIPO支援と言っても、関わり方は人それぞれであり、そのすべてに味わい深いドラマがある。

自分は、比較的後半型。つまり、実務負荷が本格的に増加するタイミングで労働力として現場投入されるタイプのフレンズだ。まさにおれが自称する資本家の犬にふさわしい仕事と言えるだろう。一緒に事業を軌道に乗せるとか、投資家を口説きに行くとか、世界をアップデートするとか、そういうオシャな仕事のことはおれは知らん。事情はわからんが、こいつらをなにがなんでも上場させる、それがおれの仕事なのだ。

2024/3/18追記:張り切った時に限って、マジすか?的なアクシデントで、いい感じに行ってたやつがポシャることもあるので、書いてるほどおれはすごくない。かなしい。

後半戦は、具体的には、無駄にタイトな取引所審査回答書作成、エクイティ・ストーリー(なんじゃそらといつも思う)的なものに合わせたⅠの部届出書の修正、最終四半期の反映、各種開示ものに対する取引所コメント対応みたいなことに加えて、バリュエーション確定、公募・売出比率と資金使途調整、シ団組成、ローマテの最終更新、AUP、財務局、ほふり、Webサイトリニューアル、ロックアップ関係事務、各種書類集め・契約準備、プレス用のマテリアル(社長の写真とかも)準備、etc…と、
とにかくやたらと調整ごとや事務が多くて軽く死ねる。

そんな現場である。

・たいていカオスな現場に投入される

個人的に一番やりやすいのは、証券審査(証券会社が行う上場適格性審査のことだ)開始タイミングの数か月前から入って、Ⅰの部、Ⅱの部(各説)を書くところから入るパターンだ。しかし世の中はそんなハッピーな仕事ばかりではない。

時と場合によっては、なんか前任の業者がへまをやって追放されたとか、現有戦力でイケると思ったんスけどダメでしたw、とか、そういう感じのプロジェクトで、実は再来週ぐらいに申請出すんですけど・・・・みたいなものに入らないといけなくなるケースもある。

話を(主幹事からも)聞いてみると、なんか申請書類のクオリティもあやしそうだし、予算の不備を直しながら、真の申請書類(東証HPの提出書類フォーマットに並んでるやつをおれはこう呼んでいる)を作らなきゃいけないんだけど、定款変更の議案整理できてないし、委任状集めたりとかそういう総会の段取りにはまだ手がついていませんキリッ、みたいな状況で、もう最初の期限を過ぎてて主幹事がオコで大変です・・・・え?反社勢力と関係がないことを示す確認書ってペライチとかじゃないんですか?そんなにボリュームあるの?ヤバ・・・・あ、ちょっとすいません。ハイもしもし、あーお世話になっておりますぅ(どっか行く)・・・・みたいな、危険なアトモスフィアを醸している現場もある。

そういうフレンズたちは、たいてい引受審査(ファイナンス審査)資料のことを忘れていたり、「業績予想プレスってなんスか?」みたいな感じで、危なっかしくてしょうがなかったりするのだ。もちろん、ここまでたどり着いただけあって人は悪くない。優秀だなーって思いながら、でもコイツ忙しすぎんだよな・・・みたいなのがよくあるパターンである。

場合によっては、おれが営業に行くや否や、間に合わなくなるので今すぐ契約してください(無理である)、明日から来ます(実は無理である)、と言わざるを得ないことも無きにしもあらず。そういう煙を上げ始めている現場で、迅速にパフォーマンスを発揮し始めるために重要なポイントのひとつに、いかに素早く情報を把握し、記憶に定着させるか、という点があるのではないかと最近おれは思っている。

・リソースは足りないものである

もうすでに火中にあるかも知れない案件で、Ⅰの部&Ⅱの部作成ジョッブで最初にカマすような長大な依頼資料リストをぶん投げても、まず対応するリソースは申請会社に存在しない。

そんな体制で大丈夫か・・・・?

おれはだいじょばないと思うが、どういうわけか世の中にはそういうギリギリの上場準備会社があるようだから仕方がない。主幹事もGOする気満々だ。

では、クライアントに手間をかけさせずに必要そうな情報をザっと集めるにはどうしたら良いかというと、証券審査事前提出資料とこれまでの審査回答書、添付資料、継続提出資料とかの入ったフォルダを丸ごと共有してください、足りないものは個別に依頼します、と、こうなるわけである。

かくして、おれは、1日で膨大な資料へのアクセスを確立し、この回答書を書くのに必要な資料を見繕って出してください、という、お大名めいた権利を早々に失う。なにしろ、必要な資料は、結構な割合で既に共有されているはずだからだ。

・資料と格闘するだけの簡単なお仕事

こういうのは、他の仕事でも遭遇することがある。いきなり経理担当フレンズが逃亡してしまった決算の仕事とか、決算訂正の仕事とかでも同じようなシチュエーションが発生することがある。なんなら、ファイルサーバーと帳簿にアクセスできる端末だけがおれのフレンズ、という現場もなくはない。他にも、いかれた量のDD資料がまとめて共有されてきたりとか、なんかそういう事もちょいちょいあるだろう。

この手の仕事で重要になってくるのが、資料読み込みスキルである。自分の仕事に必要な情報への迅速なアクセスを可能にするだけではなく、そもそもこの会社は何をしていて、どういう歴史があり、どこを目指しているのか、このプロジェクトの審査上の論点は何で、過去にどういう議論をしてきたか、そういう全体感をいち早く自分の中に構築するためにも、資料の読み込みを行う必要がある。

顧客企業の活動について、何を語るべきか。自分の考えを持たないままに、適切な会計も開示もKUSOもないのだ。

■ 資料読み込みの目標

・理想は見も蓋もない

理想的なのは、あるテーマを出されたら、関連する資料の存在/不存在が即座に判断できて、可能であれば置き場所がイメージできる、という状態になる事である。特に新規の資料が必要となるテーマか否かはひとめで判断できた方が良い。

ひとめで判断できるようになるためにはどうすればいい?

覚えるのである。

・21世紀でも資料は探せない

資料読み込みそのものに裏技はないとおれは思う。電子ファイルであれば検索がある程度役に立つが、ファイルの命名規則がオワッてたり、圧縮ファイルが混ざってたりすると、単純な検索だけでは資料を探せない。

あと、ハンコのある議事録コピーとかは、中の文字を調べられない事が多いので、議事一覧みたいなものがなければもう終わりだし、いかに議事一覧と言えども、社外役員のコメントをピックアップするだけの簡単なお仕事、みたいなタスクでは大して役に立たないことが多い。

ではどうするかというと、答えは非常にシンプルで、基本的にファイルは一回開けて見る。フォルダは掘ってみる。それが王道であり確実である。近道はない。データの検索性を高めれば、いちいち覚えなくてもなんとかなるのでは?という意見もあるだろう。おれも、何度もそう思ったし、色々な事を試してみた。その結果、今のところ頭に叩き込むのがベスト、という結論に至っている。

・記憶は強力である

なぜ覚えるのがベストかというと、結局は、自分の中に全体像を持っていないと、複数の資料から得られる断片的な情報を組み合わせて適切な成果物を作ったり、異なる資料間での説明の食い違いに目配りした整理をしたり、といった仕事をするのが難しいからである。

人間の記憶システムを活用したデータベースは、いちいちラベルみたいなものを指定しなくても、自動的に資料どうしを関連付けられるという強力かつクリエイティブなインデックス機能を備えている。なんなら、過去の経験により構築されたDBと目の前の情報を関連付けて、未知の情報の存在を推測する、みたいなこともできる。

おまえホントそれ好きだなぁ、と笑われる事を恐れずに言えば、ドットをコネクティングする能力において、人間の脳は非常に優れているので、これを有効活用しない手はない、とまあこういう事である。

説明に苦慮するような弱点をついたQAに対して、いかに当たり障りなく、そう答えられたらしょうがないですわ、という回答をひねり出せるか、みたいなことは後半型IPOフレンズが提供すべきバリュー(個人的にあまり好きな言葉ではないがそれは置いておこう)のひとつである。

それを可能にするためには、情報のるつぼみたいなところから、錬金術的に賢者の石を取り出す必要がある。何を言っているのかわからないが、なんかそういう感じのことだ。

だからつまり要するに、るつぼにどんどん情報を放り込んで、ぐつぐつ煮立たせておくべきなのである。

■ 記憶DBを構築するためには

・いきなり全部読むのは誰でも無理

言うまでもないが、結局ファイルを見ていくしかないからといって、最初に与えられた資料を片っ端から全部見ていくようなことでは、仕事に取り掛かる前にタイムアップするのは確定的に明らかだ。直近のIPO案件でおれが開示を受けた初期フォルダの中身は、1700ファイルほどだった。その1個前にやった案件は1200ファイルあった。その中には圧縮ファイルも入っている。これが世間的に多いか少ないかは知らないが、いきなりこの量が来ると何しかおれはキツイ。

それはそれとして、なにしろ時間がタイトなので、目の前のタスクを処理していく必要がある。フォルダ構成やファイル名から内容を想像して、アタリをつけて情報を探していく。それを繰り返して、大まかな資料の内容と在り処、重要そうなものとそうでないもの、みたいなMAPを頭に入れていき、同時に自分の脳内に申請会社のストーリーを作り上げていくわけだ。たぶん、この作業そのものは誰がやってもおなじで変わらない。

・うまい下手は確実にある

しかし、監査とかをやっていると、同じように資料を与えられても、中身をすぐ把握するフレンズとそうでもないフレンズがいるのは、会計士であれば多少覚えがあることだろう。

「~~な資料ってないよね?」
「いや、〇〇フォルダの中のどれかのファイルになんかそういうこと書いてあったよ」
(・・・おれも一回みたはずなんだけどなあ・・・)

こういうありふれたやり取りを通じて、資料読み込みにはどうも上手い下手が存在するようだと、日ごろから感じるところがあるのではないかと思う。

おれが最近考えているのは、これを単純に「記憶力の良し悪し」みたいな、よく考えても考えなくても何一つメカニズムを説明していないテキトーな言葉で終わらせていいもんだろうか、ということだ。

つまり、今日はそれを考えてみたいという話である。

・ダメな例

まず、こういうのはダメな例から考えるのが分かりやすい。ダメなやつの典型例は、目の前のタスクを処理するのに必要な情報以外の情報に、ぜんぜん興味を持っていないパターンである。こういう手合いは、1個都合の良い資料を見つけたら、これ幸いとばかりに飛びついてカジュアルに作品を作り、全体との整合性みたいなものを考えない。

監査で言えば、ちょっと見れば明らかに他の手続きから得られた情報と矛盾する証拠であるにも関わらず、まったくそれに気が付かないタイプのフレンズがこれに該当する。

こういう人は、シンプルに沢山資料をみるのが面倒で嫌なのだ。

・イケてる例

では、おれの考えるイケてる例はどういうのかというと、常に全体をイメージして、それと関連づけをしながら情報を見ているタイプのフレンズだ。古くから、いわゆる「記憶術」のようなオカルトで研究されているとおり、ものを覚えるには関連付けが非常に重要だ。バラバラな情報をバラバラなまま見ていても、だいたいの人間は頭に入らない。

この会社は、日ごろどういう風に組織を運営しているか、それは時の経過に従ってどのように変遷してきたか、例えばそういう全体像の中に情報をマッピングしていくと頭に入りやすくなる。同時に、全体像と整合的でない情報に接した場合に、全体像を修正すべきなのか、その情報の真偽を疑うべきなのか、という事にも気が回りやすくなるだろう。

こういう人は、みるべき資料の多寡に関わらず、もっと知りたいのだ、仕事相手である組織やビジネス、そしてその成功のヒケツのことを。

・おれの例

さてでは、それをいかにして実践するか、というところだが、人それぞれやり方があるんじゃないかと思う。例えば、おれのやり方は、こうだ。

過去に自分が見てきた企業等の情報を脳内で抽象化してモデル化・テンプレ化して何パターンか持っておき、まず企業の全体像のスケルトンみたいなものを作っておく。そして、それを目の前にある情報のピースで埋めていくつもりで情報に接する。すると、足りないピースの存在がある程度わかる。

次に、そのピースにはどの程度の幅があるのかを考える。もし、特に選択肢がないピースであれば、そこは情報を見ずに仮定で埋めても問題ないだろう(余裕がある時に確認する)。

逆に、選択肢が幅広いピースについては、早い段階で実態を表す情報を確認しておく必要性が高いので、優先的にそこを埋める資料を読み込む。

その結果、予想を修正すべきであれば修正し、修正にともなってあやふやになった部分があれば、そこに関する情報を取りに行く。それを繰り返して、イメージしている全体像が実態と異なる可能性みたいなものを徐々に減らしていく。

そうやっておれは、断片的なタスクを処理しながら、同時に自分の中にクライアントをモデル化する作業を行っている。

付け加えるなら、このモデルは時系列を持っているほうがいい。過去の変遷と、向かっていく方向、そういうのがイメージできると、こっからやるべきこと、みたいなものに対して感覚が働くようになる。

さっきのダメなフレンズの例みたいな状況に陥ることを防ぐためには、目の前の情報がちゃんとピースとしてはまるものかどうかを確認しなければならないので、たまたまツモった情報だけでタスクを処理してしまうわけにはいかない。多少時間をロスしてでも、整合性に注意を払う事が重要になってくる。そのためには膨大な資料の中からヒントを見つけないといけない。

そんな時に、たぶんここ見といたほうがいいんじゃねえかと、地図や羅針盤になるのが、「この会社はこう動いている」というイメージなんじゃないかと思う。

こうしたプロセスを経ながら得た情報は、頭に残りやすいような気がする。要するに、ただ見るのではなく、1個1個なんかしらの工程に投じながら見ていくと、記憶に残りやすい、とまあ、多分そういうことだろう。

■ 情報を素通りさせないために

・経験と想像力が助けになる

この作業を効果的に行う前提として重要となってくるのは、「普通はこう」みたいな基本形に関する情報と、それに対する豊富なイレギュラーケースの情報を持っておくことだ。ひとことで言えば、経験である。

特に上場準備会社のような会社は、思いがけない部分がなぜか独創的()なルールになっていたり、会社もよくわかってなくてデタラメな資料を作ってたり説明をしていたり、ということが多々ある。そういった、ひとつひとつ個性と情緒にあふれる事例を経験として蓄積することによって、強化されるものが想像力だ。

情報は、さっと目の前を通り過ぎて、記憶から消えようとする。そういう情報たちをふん捕まえて、「ちょっとおかしくないか?」「これ、どういうことだ?」とひとつひとつ問い詰めていくことが、クライアントへの理解を深めることになるし、結果的に、記憶への定着を助けてくれることにもなる。

それには、まず興味を持つことが最低限必要だし、あんなことも、こんなことも、あるかも知れないと、自分の中にたくさんの想像力のフックを持っておくことが重要だろう。

・想像力と好奇心

組織運営は、教科書のようにはいかない。先進的なベンチャーのような企業であれば、伝統的なビジネスの常識みたいなものが、良くも悪くも通じないことも多いだろう。そういうものを素早く咀嚼し、「てことは、こうだな」というカンを働かせるためには、常日頃から新しいことやなじみのないことに好奇心をもって取り組み、自分の中の想像力の土壌を肥やしておく必要がある。おれはそう思う。

そうした豊かな土台を持っていれば、膨大な資料のひとつひとつに、興味を持って当たれるようになるし、自分なりの理解に基づいて、クライアント自身も気付いていなかったような斬新な視点を提供したりとか、そういうカッコよさげな仕事にも道が開けてくることだろう。

資料の読み込みひとつとっても、仕事への姿勢みたいなものは透けて見える。一見遠回りのようでも、小手先でタスクをこなしてしまうのではなく、クライアントをよりよく理解することを目指したほうが、結果的には近道である事が多い。たぶんそういうことなんじゃないかと思うわけだ。

■ おしまいに

言うまでもないが、クライアント理解を深めるうえで、一番手っ取り早いのは直接聞くことだ。タスクが詰まっている現場ではスピード感が重要だ。資料を読むだけで情報が得られず、深みにハマって停滞することだけは避けなければならない。

とはいえ、1から10まで教えてくださいという感じだと、早々にコイツ頼りにならねえと思われてしまう。その塩梅が実務では難しいところだろう。

キックオフ直後のなんもわからん時期をうまいこと乗り切れれば、過去の経験や自分なりの専門性を活かして、いつの間にかクライアントに精通し、担当者も忘れているような問題を指摘したり、先回りしたり、そういう事ができるようになる。そういう盤石なポジションに到達するためにも、資料の読み込みスキルは地味だがたぶん重要だ。

最近、前任がいたジョブで、なんで業者を変えたのかを含めて、自分に対するフィードバックをもらったことがある。その答えは、1から10まで説明しなくていいからストレスが少ない、という事だった。

それに気を良くして、これを書いてみたと、まあそういうわけである。今回は、たまたまチョーシが良くてハマっただけだったかもしれないから、また反省や発見があったら、またなんか書いてみようかと思う。

仕事を頑張ることもだいじだけど、仕事の頑張り方を頑張って考えることの積み上げって長い目でやっぱだいじだよな、と思う今日この頃である。


誠にありがたいことに、最近サポートを頂けるケースが稀にあります。メリットは特にないのですが、しいて言えばお返事は返すようにしております。