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子の刻参上! 一.あけがらす(十四)

瓦版だの芝居だので日本駄右衛門がもてはやされているが、衆を頼むのが大の苦手な次郎吉は、あの盗賊集団があまり好きではなかった。

大名屋敷を仕事場にする、という部分は同じだ。

お武家屋敷は、お上にはばかって、さほどの武力を持てない。謀反を疑われないよう、非常に手薄なのだ。しかも、盗みに入られたとあっては「不行届(ふゆきとどき)」のお叱りを受け、取り潰しや国替えの候補として目をつけられてしまう。したがって、やられても、表に出せない。

その意味で、お武家屋敷から金品をくすねる、というのは、無駄な血を流さないためには理にかなっていた。

お大名屋敷よりは一部の豪農・豪商のほうがよほど、捕まえてひどい目にあわせる用心のしかたを心得ている。
だからそこへ衆をたのんで押し込む盗賊どもは、はじめから中のものを大けがさせるか殺すか、を前提とせざるをえない。いわば、野盗が村全体を襲撃するやりようを、さらに圧縮して一軒を狙うようなものだ。殺しと脅しで、その場から逃げおおせるための時間を、むりやり作る。

鼠小僧と日本駄右衛門をわけるのは、ひとりばたらきか侍くずれの集団強盗か、という部分ひとつではない。


日本駄右衛門とその徒党は、金品の強奪ばかりではなく、そもそも奥女中や武家の妻女狙いで押し込むのだった。
野盗との違いは、火付けと殺しは行わない、ということだけだ。とどめはささぬが、気づいたものの足腰は、確実に立たぬようにする。

寄ってたかって女を裸に剥いて狼藉ほうだいのあげく殺さず放り捨てていく、という非道をさんざっぱらしておいて「盗みはすれども非道はせず」とは笑止……

泣き寝入りせざるを得ないことをあてこんで弱い者いじめをするやつらの、どこが日本一だ。
と、はぐれものの次郎吉は


「あいつらと ”ひとっからげ” にされるのは、寝覚めがわるい……」

そう思っていた。

だからといって、口や手を出す義理もなければ武力もない。盗人なので資格もない。
そんなところにいたのだった。


困ったものに金をやると、小春のいいひと、庄之助若旦那のように、あっという間に相手がつかまって、さらに困ったことにしてしまう。
だから盗んだ金を直接ばらまくことはできない。

いっぽう、自分のふところがあたたかいとき、真冬につんつるてんのぼろをきて、あかぎれだらけの手で、食いものもなく売れない蜆をかついでいるような小僧っこを見かけたら、それを見殺しにするほど冷酷にはなれない。

ほぼ、「どうしようもねえ」ので、ばくちと深酒をする日々。

ばくち場で金を木札に変え、手仕舞して一分や一朱に両替しては、父親(てておや)の働く芝居小屋のまわりをうろついている ”お菰(こも)” のたぐいに、
「ほれ、とっとけ」
というのが精いっぱいで、けちな盗人にとってはそれも危険なことではあった。

中途半端なところで、たいしたことはできずに、まっとうに働くには悪い手癖を抱えて、酒とばくちにおぼれている。
そんな日々のすごしかたであった。


「旦那様」
威勢のいい手代衆や、荷解きだけ手伝いにくる若い衆が、笑ってこっちをみている。
「お疲れでございましょう、あとはいたします、あがってくださいませ」

半ちくであっても木具大工として自然に鍛えられたので、一応の荷解きはできる。とはいえ、大番屋やぶりに一夜をかけた挙句に、寝ずのままで、みっしりつまった魚の荷あいての重労働に、ふらふらしている次郎吉だった。

「すまねえな」
次郎吉はあがりかけたが、くるりときびすをかえした。

いつものとおり雀の涙ほどの駄賃を、ほうりなげるくせのある手代の与七の手から、「今日は、おいらがするよ」と、あっという間もなく駄賃を取り上げて、重くて生臭い一番荷をもってきて首尾を待っていた若いものの手に、ゆっくり置いて握らせた。

「いつもありがとうよ」

塩でごわごわしたひとえの帯をときながら、次郎吉は与七にも言った。
「与七も、いつも、ありがとよ」

じゃ……とその場をあとにする次郎吉の後姿を、若い手代衆と手伝いたちが見送った。

利吉は与七にそっと、小さな小さな声で言った。

「立場が下の者、弱い者にしてることは、見られてるもんだぜ。自分がしてほしいことじゃなけりゃ、人にはしねえこった」

日々の暮らしの中で、いつも、何かの事件がすっぱりと解決することはない。

しかし、狐や益田時典らと何かを談義して今までとは別のものを見、別のことに踏み込んだことで、次郎吉はぼやいて飲んで寝る以外のやりようの余地を知ったのだった。

「ああ、なまぐせえ、おいらにゃがまんならねえ!」

布団に倒れこむ前にひとっ風呂あびるわけにもいかず、女中が沸かしてくれた湯を井戸水に混ぜて浴びただけで、次郎吉はたまらぬ魚のにおいにまとわりつかれたまま眠った。

夢の中では、生臭さが災いして、猫ばかりの捕り方どもに六尺棒で押さえられてかじり殺されていた。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!