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ばかみたいに迫っちゃってごめん。ーー秋の月、風の夜(38)

#7 つながる

「奈々ちゃーん、僕からちょっと離れて、一緒に晩ごはんの食材、買い物つきあってくんないか……」
「わかりました」
「ああもうさあ、情けないよ自分が。ほんと許して!」
「……あの、ええと、私もすごく、気もちが揺れて、あわせちゃったから……」

こんなにどぎまぎして、うろたえて、謝る高橋を見たくはなかったというのが、奈々瀬の正直な気持ちだった。
奈々瀬の中の、悪いオトナなかっこいい高橋像が、がらがらと崩れ落ちる。

けれども奈々瀬は、身体情報読みだ。謝れる人が、内省して自分の行動を最低と言ってしまえる人が、しかも好きな女子にそこまでの自己開示をできる人間が、どれほど成熟しているかも、かすかながら知っている。

だから……恋心はヒートオーバーせずにすんだ上、さほど高橋を嫌いにはならなかった。

「四郎に殴られたらあばら骨折れるだろうなー、あーやだやだ、あらかじめこれだけは、すまい……と思ってた方向に、どんどんどんどん進んでいく自分がやだ。ねえ奈々ちゃん、滋賀の赤こんにゃくってさあ、食べたことある?」
「ありません……」
思わずぷっとふきだしそうな自分を、奈々瀬は必死でこらえる。

「ちょっと季節が早いけどさあ、おでん風の寄せ鍋、ハル君やヨシ君やお母さんも食べるかなあ」
「好きだと思います」
返事がちょっぴり、社交辞令っぽくなった。

高橋はまくしたてて自分の気持ちをおちつけてから、黙って、もう一度奈々瀬の方を向いた。

「二度とあんなことしない。四郎から奈々ちゃんを奪っていくようなことは、しない。ばかみたいに迫っちゃって、本当にごめん」

「……いいえ……」奈々瀬は、それでも言った。「でも、それでも、私も高橋さんのこと、好きだったから、……どきどきして嬉しかった。私も、すいませんでした」

「奈々ちゃんは、あやまらないでくれ」高橋はしょんぼりと、そう言った。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!